海岸沿いの高速道路をふちどるように走るバスに乗った。降車場から目的地までは80分だった。
窓から海が見えた。右から左へと流れてゆく景色の中の、同じように右から左へと流れてゆく大きな建物たちに、水平線はぶつ切りにされていく。あの建物たちは、建っているというよりも置かれているみたいだ。どっしりとして揺るがない。これらは何だろうか。工場か、倉庫か。どれだけの人がここにいるのかしらと想像して、おそらくのその膨大さを心強く感じた。生きていける気がした。
左へカーブを曲がると、光る海によく映えた真っ赤な観覧車が見えた。ほかの遊具が見えてくるなどといった前兆もなく、唐突に観覧車が出現するこの現象は、海岸線あるあるなのだろうか。
私は、むかし誰かと行ったどこかの大きな公園を思い出していた。きっと再び行くことのない町。
公園の隅にあった観覧車に乗りたいと言えなかったこと、そのときおもっていたこと。その日のことを、糸を手繰り寄せるように一から回想してみる。けれどいまも残るのは私の糸だけで、もう布を織ることはできない。
その日は終日よく晴れていた。帰り道の空が綺麗だった。やたらと近代的な駅からは町が一望できた。私の生まれ育った札幌にあるテレビ塔とよく似た塔が、遠くに見えた。公園のためにあるこの駅には、閉園時間をとうに過ぎていたせいか、人も疎らだった。
はじめて乗ったモノレールはとてもよかった。宙に浮かんでいるみたいで、わくわくした。町明かりが自分の足元に広がることに、ちいさく感嘆した。一番星の出ていた夕焼けの中に、ふたり、進んでゆくようだった。吸い込まれてゆくようだった。あの電車は銀河鉄道だった。空の中まで、きっとレールが伸びて、一緒にどこかへゆけるんだと思った。
終点の駅に着いた。降りるころには夜が始まっていた。
こうして思い出さなければ、思い出せないこと。すでに記憶からこぼれ落ちてしまって復旧不能なこと。もう忘れてしまった。会話のひとつひとつも全部覚えておく、と意気込んでいたそのそばから、ひとつひとつと忘れていった。きっと、どこへもゆけなかった私の代わりにあの日のことばは空を駆けて、星になった。
書かなきゃ、と思う。書かなきゃ。書かなきゃ。
すべて通り過ぎて風に消える前に。
書かれる文字からすりぬけるできごとも感情も、それでもあるとしても、少しでも足掻きたい。覚えておきたいことも、すぐに風と消えてしまうような会話も、なんてことのないことも、ちゃんと書いて、残しておきたい。忘れたくない。
モノレールに乗るのにICカードが使えなくて、おどろいて買ったきっぷの、往復じゃなくて片道がいいとひそかに思った、そのことだとかも。