やさしい絵画教室

 

 

やさしい絵画教室

 

きょうもわたしは

朝と昼と夜に適切な色を塗れない

入道雲が片瀬山の向こうで八月を鳴らす

適切な青空が流れてゆくのをみている

わたしは夏を生きるわたしを知る

 

夏の来ない街で あなたは

「あ、飛行機」と口にした

それはここをめざしてきたものなのか

遠くへ去って かえらないのか

 

知るすべもないまま

ふたりの目を眩ませた

夏とは光のことであると

思い知るほどに白布の底へ沈み込む

その目が恋の画材を焼き尽くす

 

あなたの記憶にはない記憶を

わたしが知っていても

わたしは あなたではない

その千切れた一部を大切に持ってみても

それは あなたではないのだ

 

夏の来ない街を めざすのが

あの飛行機なら

わたしを拾っていってよ

八月には光を

空には青を

海にも青を

 

適切に与えて

 

あなたとわたしに愛の夢とか

やがて聞こえる 言葉は光

 

相互に彩り続けることを愛と呼ぼうか

 

 

 

 

蝉が聞こえない

 

 天気予報は毎日きちんと見ているはずなのに、すぐに忘れてしまう。

 職場で「きょうこれから大雨みたいですねえ」なんて言って、全然降らないことがよくある。「晴れるみたいですねえ」と言って雨だった日には、心から申し訳なく思う。

 関東で過ごす二度目の夏はいまのところとても涼しくて、それは今年の夏が冷夏であるからなのか、二月まで私が住んでいた関西よりもここのほうが涼しい土地であるからなのかは、まだ判断がつかない。

「今年の夏は暑くなります」と天気予報で聞いた気がしていたけれど、私のことだから覚え違いなのだろう。

 ところで、先週から私は休職している。今月いっぱいは休ませてもらう予定である。

 私はただのパート従業員なので、そのへんは自由にさせてくれるのかもしれない。人手は足りてないのに、申し訳ない。

 休職するに至った理由は、いまは書けない。

 きっと、いつか書けるようになるとは思う。

 原因から生じた結果だけを述べるなら、人や物音が怖くて外出がうまくできない、といったところである。

 いまのところ、不特定多数のお客さんを相手にしなければならないいまの職場には戻れるような気がしていない。もうだめかもしれない。

 だって、いままでだって十分怖かった。

 

 これが私の人生なんだろうか。

 なんでこんなことになるんだろうか。

 大学時代にも休学してた。

 なんで、ちゃんと生きられないんだろうか。

 なんで、こんな目に遭うんだろうか。

 

 診断書を出してくださいね、と職場から言われたので、診断書をもらうために病院に行った。

 まず、ソーシャルワーカーさんと三十分ほど、質疑応答のように話をした。生い立ちからいまのことまで、いろいろと聞かれ、いろいろと話した。

 こういうとき、両親の離婚や母親二人との話をすると大体泣いてしまうのだけど、それはうまくクリアした。聞かれたことに淡々と答えることができた。

 しかし、「自分の存在を消してしまいたいと思う、ってところに丸をつけてますね?」と聞かれ、「生まれてきたくなかったってずっと思ってます」と発声した瞬間には、ぽろぽろ泣いてしまった。

 その後のお医者さんとの面談(とでもいうのか)でも、同じような内容の繰り返しだった。

 今回休職するに至った理由について、「いままで何人にこういうことされてきたの」と聞かれ、ぼんやり思い出しながら数えてみて、「…? 五人くらいですかね…」と答えたら、なぜかお医者さんは笑ってくれた。私も笑った。いまあらためて数えてみたら、七人だった。

 休職することになった理由を話すときも、やっぱり泣いてしまった。

 発声するとどうしてもだめらしい。考えているだけよりも、書くだけよりも、発声をすると、その瞬間に涙が出てきてしまう。

 

 いろんなことがずっといやだった。

 いろんなことが、ずっと、いやだった。

 そして今回、スカートの中を盗撮された、かもしれない、しかしまちがいなく脚にはさわられた、というだけのことが、こんなにも私を壊すのだった。

 容赦なく私から、あらゆるものをうばうのだった。

 どれくらいのものを取り戻せるのか。

 どうやって、わたしを私として、受け止めて、どんなことを思って、私は、わたしを、生きて、いけばいいの。

 

 七月に入ったらすぐに蝉が鳴き始めるものなのだと思っていた。それが私にとっての本州の夏だった。  

 しかしまだ聞こえない。いつ聞こえるのか。まだ聞こえない。もう聞こえなくていい。何も聞きたくない。もう、聞こえない。

 

 

 

 

春を生きるもの

 

 どうどうと音を立てながら、春の風が吹いている。

 「春疾風」という言葉もあるけれど、それにしても4月って、こんなに風の強い季節だったかしら。海が近いからだろうか。住み始めてからまだ2ヶ月ほどのこの地域でよくわからないことがあると、「海が近いからだ」と結論づけてしまう癖が私にはある。

 ぬくぬくのこたつに足を突っ込んだまま窓の外に目をやると、洗濯物たちが風の強さを可視化している。干したタオルケットは真横に流され、物干し竿にぐるんぐるんと巻きついている。私はそれを、10分おきに直してやる。いまの私にできることは、洗濯物たちを時々ひっくり返し、均等に陽にあて、効率よく干してやることだけである。

 強風に耐えきれずベランダに落下してしまった洗濯物は、拾い、ぱんぱんとほろってやり、乾いていたらたたんで、しまう。いまの私にできることは、それだけである。

 きょうはよく晴れていたから、午前中に干したものたちは、正午には乾いていて、もうたたんで、しまった。

 2020年4月26日(日)、14時23分。窓の外はがらんとした。

 先日、ベランダから階下を見下ろしてみたら、一階の住人が庭にテントを設置していた。その横の住人の庭にも、レジャーシートとビーチサンダルが置かれていた。

 そんなことを思い出して、これだけ風が強いからレジャー日和ではないだろうけれど、しばらくベランダにいてみることにした。うちには庭がないのが残念だと思ったものの、私にはベランダと、下に敷く新聞紙さえあれば十分なようである。文庫本を一冊持って外に出て、座ってみた。

 ベランダの柵越しには、空と電線しか見えない。こんなにも、無音みたいな雲ひとつない青空なのに、どうどうと風は鳴る。

 風って、物に当たるから音がするんだろうか。風自体に音はあるんだろうか。風って、だれ? そんなことを知らず、私はこの歳まで生きてしまった。

 「絶賛外出自粛期間中」の日曜日の住宅街は静かで、しかし、ご近所のおうちのりっぱな鯉のぼりの、からんからんと回る音、家々のそれぞれの洗濯物が物干し竿にかんかんと当たる金属音、洗濯バサミのからからとした音が、いそがしく聞こえてくる。生活の音である。

 いま、世界規模で起こっているこの状況下において、私にできることは、なにもない。

 できることは「なにもしないこと」しかないのに、その逆をしているのだから、私の存在はマイナスなのではないかとも思う。

 私はいま、大型書店ではたらいている。不特定多数の人と接する不安と、感染拡大防止やその対応のために尽力してくれている人たちへの後ろめたさを抱きつつ、ほしい人のもとに本を届けるという業務を継続している。

 私はたしかに、「外出できないのなら家で本を読もう」とかんがえている人の役には立てているのかもしれない。しかし、これでいいのかな、と思う。こんなにも人を集めてしまって、いいのかな。いや、よくないよな。

 本がなければ生きてこられなかった私があえて言うと、本は「生活必需品」ではない。より正確な言葉に換えるならば、「数ヶ月間生き抜く」ための「生存必須品」ではない。いまは、広義の犠牲者を最小限に抑えることが最優先されるべきである。そのために本は、数ヶ月間新たに手にしなくても生存していられるものとして、「生活必需品」すなわち「生存必須品」のカテゴリには入れないべきではないか。

 本は、平時から読み、緊急事態に備えておくものであると私は思っているのだけど、なぜいまになってこんなに売上が伸びているのか、私にはよくわからない(休校を理由に学習参考書が売れるのは理解できる)。なんて、性格の悪いことを言ってはいけない

 今回を機に本を読み始めた人たちがこれからもずっと読み続けてくれることを、いまは願っている。本との向き合い方は人それぞれだから、消費する読み方だってそれもひとつなのだけど、どうか本を読むことを、未来をつくる糧としてほしいと思う。

 現在、仕事がなくなって大変な思いをしている人や、仕事をしてはいけないと言われ困惑している人がいる一方で、インフラではないのに休業要請がないために本来の繁忙期よりもなぜか忙しくなって疲弊している人もいる。私は後者である。

 くる日もくる日も、レジ列が絶えない。

 スーパーやドラッグストアなどのように生活必需品を扱っているわけではないのだし、大型店であるゆえに人を集めてしまう私の店舗は、入場制限を設けるなどの最低限の対策を取れないならば休業すべきだと思うのだけど(できない理由を挙げる人にはなりたくないが、おそらくそれはある。四捨五入すると10階にある私の店舗で入場制限をするならば、下の階は他の会社のフロアであるため、屋外に並ぶしかない。それは現実的ではない)、なかなかそうはいかないらしい。そしてそれを放置している私も共犯なのだと思うと、暗澹たる気持ちになる。

 ただ、休業したとしても毎日本は届くらしく、「ひたすらに入荷作業をしてひたすらに返品作業をする」という苦行を強いられることになるそうである。

 誰かに読まれたくて誰かに伝えたくて、せっかくつくられたのに、店頭に並ぶことすらできない本がかわいそうで、並べてあげたい気持ちはもちろんある。あるのだけど。どうするべきなのか、よくわからない。

 陽がかげり、寒くなってきたので、家の中に戻った。

 私が着ているもこもこの部屋着からは、おひさまにあてられた洗濯物のような、外の生きものの匂いがした。

 人間社会が一変しても、季節や自然は循環を止めることなく動き、生きている。桜が終わり、つつじが咲く。もうすぐ、緑の眩しい5月がくる。

 自分の理解を超えた判断や人格に対しても、想像を及ばせて、かんがえることのできる強さがほしい。倒れない強さがほしい。それも知性と理性の範囲だろう。

 私は、「ただしい」「生きもの」でありたい。

 

 

 

未来である

 

2020年4月7日(火)

 大学時代、恩師という言葉でも足りないくらいお世話になった先生がいた。

 あるとき、その先生から、「あなたは理性と知性の人であってください」と言われた気がした。

 実際に言われたわけではないことはしっかりとわかっているのに、それでもどうしても、「言われた」気がしてならなかった。先生ならきっとそう言うだろうと、そのとき思ったのだった。だから、「言われた」ことにしている。ちょっと気持ちわるい話でたいへん恐縮ではあるけれど、そのおかげで、「そのようでありたい」という気持ちではいられている。

 理性的であるとはどういうことか。知性的であるとはどういうことか。

 自分の判断は間違うことがあるということ。同様に、周囲の判断も間違うことがあるということ。そのことを忘れずにいること。

 「これはあるべきすがたなのか?」「これはめざされるべき未来なのか?」「これはただしいことなのか?」と、つねに疑うこと。考え続けること。勉強しつづけること。「感想」によらない「論」を立てること。その繰り返しを止めないこと。

 自分が理性的で知性的であったことなどないように思えてならないなりに、そのような姿勢であるよう努力をしているところではある。

 けれど。

 なんだかしんどくなってきてしまった。

 わからないなあ。

 経済の観点、感染拡大を防ぐ観点、などがあり、それぞれの最適解がある。

 唯一の正解はないのかもしれない。

 唯一の「ただしい」はあるのだろうか。

 安易な相対主義にはなりたくない。

 でも、「死なない」「死なせない」以上に優先すべきことってあるのだろうか。

 私はなんで泣いちゃうのか。原因と解決策はなにか。

 自分の感情の分析すら追いつかない。

 

 きょう、緊急事態宣言が出された。

 私の勤務先(7都府県内の全国チェーン書店)は当然臨時休業になるだろうと思っていた。

 しかし、ならないらしい。系列の他店舗は、すでに5月6日までの臨時休業を決めているところもある。

 なぜ、私の勤務先は営業を続けるのだろうか。

 営業するならするで私は従うしかないので(本当に、「しかない」のか?)、「ほしい人のもとに本を届ける」という職務は全うするしかない。その代わり、「感染拡大防止を図る」ことはできない。仕事を止めるわけにいかない人たちはほかにたくさんいらっしゃって、その人たちの「人との接触」を減らせない分をすこしでも私が減らしたいと思っても、それはできない。

 こんなにも、専門家や医療の方々が力を尽くしてくれているというのに、営業を継続して人を集めてしまうことは、それを妨げることになるのではないか。そして、そうであることは否定しがたいと思う。

 はずかしながら、私は生まれてこのかた知性が不調だから、その続きを考える能力がいまのところない。ごめんなさい。

 そのことと、どうしても「納得」できないことが別にひとつあって、しんどくてたまらない。

 たとえば感染者が店舗で出たなら、臨時休業せざるを得ないでしょう。

 「誰が感染していてもおかしくはなく、感染したとしても本人でさえ気がつかないことがある」ような現在の状況下において営業ができているのは、ただ運が良いだけではないか。

 この状況下における「(時短だけど)通常通り営業します」を、私は、「店舗で従業員の感染者が出るまでは営業します」と同義と解釈している。

 そんな賭けをしないでほしい。「死ぬまでたたかう」みたいな、先の大戦マインドでやっていこうとしないでほしい。しかも今回の場合、「死ぬ」のは自分だけではないかもしれない。誰かを死なせているかもしれない。それに気がつくことさえできない。健康と生命を賭けないでほしい。

 私は本来、本を購入することが不要だとも不急だとも、すこしも思っていない。

 私自身が文章と思想に助けられてきたし、助けられている。文章や思想を伝える媒体は本であることが多いので、私は本を愛している。その本との出会いの場としての本屋を愛している。

 本は、そこから学んだことによって未来をつくってゆけるのだから、「必要なもの」である。特に現在のような緊急事態には。

 そして本は、「これを読みたい」と思ったならそのときが読むときなのだから、できれば急いだほうがいい。

 だけど。

 だけど?

 やっぱりこの続きをうまく考えることはできない。

 私の店舗が営業する理由は何だろうか。

 

 

2020年4月13日(月)

 いよいよ休業しない弊店。平日も土日もたくさんのお客さんがやってくる。息つく暇もないとはこのことである。

 緊急事態宣言が出された翌日に、代表取締役からの「おことば」が届いた。それに対して言いたいことがいろいろあるのだけど、これは私が間違えているんだろうか。

 「おことば」によると、7都府県の一部店舗において「私たちは知のインフラを支える、というミッションを果たす」として営業継続を判断した根拠には、「二度の震災の時の経験」と「書籍を通じてしか得られない知を求めて来店されるお客様」や「授業が受けられない学生や子どもたちのこと」があるという。

 まず、いままでに起こった緊急事態の先例として、「二度の震災の時の経験」を今回の緊急事態にも適用したとのことだろうが、自然災害と感染症は別ものではないだろうか。

 たとえば、自然災害によってお客さんや従業員の家が、残念ながら全壊してしまっていたからといって、その人と接した周りのお客さんや従業員の家も全壊するわけではない。しかし、もしもお客さんや従業員が今回のウイルスに感染してしまっていたとしたら、その人と接した周りのお客さんや従業員にも伝染することもある。自然災害と感染症には、「被害」が周囲にも伝染するかしないかの明確な違いがある。

 それをふまえて、「書籍を通じてしか得られない知を求めて来店されるお客様」がいらっしゃるという根拠についてもかんがえてみる。

 これはおそらく書店員として言っちゃいけないことだけど、「本屋でしか本を買えないわけではない」。

 もちろん、内容を確認したうえで購入できるのは「リアル書店」の強みである。はじめて見かけた本になんとなく惹かれて買ってしまう、という「出会い」があるのも、強みである。私自身、何度それに救われてきたことかわからない。しかし、それを感染症流行下においても求めるべきではない。いまだけは待っていてほしい。健康と生命には代えられない。

 本屋の休業は、本を入手する手段が完全に断たれるということをかならずしも意味しない。代替手段として、インターネットがある。

 しかし、書店ではなくネット通販で本を購入する人が増えれば、現状でさえネット通販が増えていて、かつ緊急事態においても休むことができない運送業者さんの、さらなる負担増となる。それは、たいへんに心が痛む。じっさい、私の父がその業界にいるから、嘆きはよく聞いている。

 負担増についての解決策を私は持ち合わせておらず、「本屋がないならネットで買えばいいじゃない」という案が無責任であることは自覚している。申し訳ございません。それでも、「絶対に休むことができない仕事」ではなくてかつ「クラスター発生源となりうる」書店は休業すべきなのではないか。「絶対に休むことができない仕事」の人たちのぶんを私たちが休んで、人との接触を減らすことと、「人を集めない」ことが、いま書店にできることであると思う。

 最後に、「授業が受けられない学生や子どもたちのこと」という根拠についてもかんがえてみたい。

 たしかに、休校の決定や延長により学校で勉強ができないことを受けてか、学習参考書は現在、飛ぶように売れている。平年の売上と比較してのデータを私は持っていないので、これはただの私の体感であるけれど、学習参考書がよく売れる。こういう光景を目の当たりにしていると、学参を売る場を確保したいと思ってしまう。とはいえやはり、健康と生命には代えられないのではないだろうか。「本屋で参考書を購入する」の代替手段は、前述した通りである。

 現在の本屋は、売り場もレジ前も混雑している。もう、「わからないな」と思う。「わからない」。もしかすると、この店舗で感染した・感染させた人がいるかもしれない。でも、それは「わからない」。

 「知のインフラを支える」という矜持は、平時においては私もささやかながら持っている。もしも自然災害時にその言葉を受けたなら、私もできるかぎりがんばりたいと思うと思う。しかしやはり、感染症流行時にも有効な誇りであるとも、課していいミッションだとも思わない。

 専門家が「平均して8割、人との接触減らすべき」と提言していて、それが感染拡大を抑制するならば、それがかなうような行動をとることが私たちの現在すべきことではないか。

 私にとっての「知」の定義である「未来をつくるもの」をここでも採用させてもらうなら、いまとるべき本屋の「知性的」な行動とは、「当面の休業」であると思う。「未来」である「健康と生命」を守るためには、その選択をすべきではないか。確実に感染しない・させない手段をかんがえ、それが取れるというなら、話はまた別かもしれないが。

 ちなみに、「おことば」では、「同業他社が休業しているあいだに私たちは営業を継続して稼ごう」とも「経営が大変だからやらざるをえない」とも言われていないので、そのようなことは私も一切考慮していない。

 今回の件を受けて、どれくらいの本屋や出版社や関係業者が消えてしまうかわからない。その損失の大きさを私は計ることも知ることもできないから、「本屋は当面休業すべき」と言えてしまうのかもしれない。じっさい、そうなのだろう。

 けれど、まだ本は消えない。

 そんな単純ではないと怒られるかもしれないが、データや文などが残っているなら、本は再生可能ではないか。それとくらべて、個々の人間の生命は再生不可能である。

 私は、誰かの健康や生命を奪うことに加担したくない。

 「いま最優先して守るべきものは何か?」を問えば、いますべきことがみえてくる。

 最後に、私には対応策がまったくわからないからふれなかったことについてふれておくと、「本屋や出版社や関係業者」が消えないためには、未来である健康や生命を守るためには、政府がなんらかの手段をとるべきだと思う。

 

 

 以下、主語が大きいし、大げさな気がするのだけど、引用します。私が手書きでノートに書きなぐっていただけのガチ日記(原文ママ)です。

 

 私は研究者になるわけでも教職に就くわけでもないから、私が文学や哲学を勉強して、私のため以外の何のためになるのかわかりません。でも、文学部で私が今までのところ学べたのは、人によって異なる感想や、「よい」や考え方から、「人によらない」ものを導きだすこと、歴史(何千年昔の外国のどこかの人)から学び、予想できるいちばんよい策や未来を描くことです。

 文学は未来をつくりえるし、国を守ることができると信じています。

2016年1月23日(土)の、私の自分用日記

 

 4年前の私や、私が愛している文章を書く人・思想家に土下座して謝りたいくらい、いまの私はなにもできない。

 なにもできないけれど、未来である健康や生命を失わない手段、本を失わない手段をかんがえることはやめないでいようと思う。

 私が現在かんがえられること、できることはここまでです。

 これでいいと思っちゃいけない。止めちゃいけない。

 

 

 おわりに。

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降りみ降らずみ

 

 大雨が降って、金木犀の匂いを遠くさせて、私は27歳になった。

 毎年書いているような気がするけれど、私がはじめて金木犀の匂いを知ったのは、修学旅行でやってきた京都においてである。その修学旅行中に私は誕生日を迎え、17歳になった。

 はじめてかいだ金木犀の匂いは鮮烈だったらしく、今でも私は金木犀の匂いを感知すると、17歳の10月に引き戻されてしまう。あの子たちがいて、とっても楽しくて。古都の街並みを、その路地を、覗き込んでは見惚れていた私に、戻されてしまう。

 当時の私は、運命論者だった。

 これから先の大学受験の結果やそれ以降の人生の行程は、きっともう決まっているのだと思い込んでいた。もう決まっていて、それが最善の結果であるのだろうと思っていた。きっとこの先には最善が待ってくれているのだと、なんの疑いもなく信じていたのだった。

 それから10年が経って、「運命」などという便利なものはないと気がついた。

 運命なんて便利なものはなくて、未来なんて予定帳があるのでもなくて、生きる毎日がその結果となるだけなのだった。私が選んだようにしか、人生は進んでいかないらしかった。すべては私の選択の結果らしかった。「選ぶ」も「選ばない」も、私の選択によるものだった。そして振り返れば私の道は、「選ばないを選ぶ」ことによって舗装された箇所ばかりが目に付くのだった。

 27年間を振り返って、「これは私の人生なのだ」という思いを抱く。凡庸なりにいろいろな出来事があり、小学校時代、中学高校大学、社会人、などを経てきて、その時々を生きているだけなのだと思っていたけれど、そのひとつひとつの時間の流れや経験が「人生」というものだったのだと、ようやくわかるようになった。私は「私の人生」を生きているのだった。

 そうして、これは私の人生であると同時にあなたの人生の一部でもあるのだ、ということにも気がつく。私は私の人生を生きていると思い込んでいたけれど、私の人生は、あなたの「子育て」でもあったのだ。

 子ども時代において、私は「選択」をすることができなかった。私はただそこを歩くしかなかった。理由もわからずに。泣くこともできずに。

 今でも20年前のことに縛られて、時々動けなくなる。

 今でも17年前のことに躓いて、時々立ち上がれなくなる。

 そのことをあなたはきっと知らない。

 くだらないと一蹴されても、いつまでも泣いてるんじゃないと言われても、私は、いま、傷つきたい。ひとつひとつ丁寧に思い出して、ひとつひとつ丁寧に傷つきたい。あのとき傷つけなくて、泣けなかったことを、いまになってようやくわかるようになって、傷ついて、泣けるようになったのだ。単純なことではなかったとわかっているからこそ、傷つくことができるんじゃないか。

 「時間が経った<いま>傷つくことに何の意味があるのか」と問われれば、それに根拠をもって答えることはできないが、当時持てなかった感情をいまになって起こしてみることには、「わたしをゆるす」という作用があるんじゃないか。

 わたしは、泣くことを、なにか思うことを、できなかった。私のなかでいまでも動けずにいるわたしに、泣くということを、なにか思うということを、私は渡してあげたい。いいことなんだよとゆるしてあげたい。それは、いまの私にしかできないことだと思う。そんなようなことは3年前にも書いているのに、それができていないのは、ただ勇気がないだけだ。

 誰にも言えないことがある。「言えなかった」という、「言えない」ことがある。

 それはきっとあなたも同じでしょう。「言えなかった」、「言われなかった」、「言えない」ことは、あいだに横たわったままでそこにある。横たえたまま続けていくしかないこともある。

 いつになったら泣きやめるだろうか?

 いつか友人からもらった「強くなるしかないんだよ」という言葉は常に胸に刻んでいるけれど、「泣くこと」、「思うこと」も、「強くなること」への遠回りな近道となりえるのだと、私はかんがえる。

 大丈夫です。これだけ「感情」が苦手な私はかならず、また「理屈」で起き上がります。

 私はもう大きくなったから、私にもあなたの選択がわかるようになってしまった。私はもう、子供のころの私によりも、当時のあなたのほうにずっと年が近いから、きっとあなたの迷いやためらいもわかってしまう。そうなるとよけいに傷つくことができなくなるのだけど、私が傷つくことは、私を主体と置いた場合のあなたとの関係において重要なことだと思う。

 しかし、あなたの選択を理解しても、あなたの人生をわかることはできない。あなたのかなしみを、私はわかることができない。わたしを抱きしめたくて広げた同じこの腕にあなたを抱こうとしても、風をかすめてゆくばかりで、そこには誰もいないのだ。

 言葉がいつも遅れてくる。

 どんなに抱えようとしても、私には抱えきることのできない「人生」たちに、「かなしみ」と、ちいさくルビを振ってみた。

 かなしみを、かなしみとしてゆるすとき、胸の凍土は海へとけだすのか。

 生命は海から始まったというのなら、かなしみは何を生み出せるのか。

  私は、「あなた」に会いたい、と思う。

 この文章の向こう側に、「あなた」がいてほしい。

 それはここまで記述してきた特定のあなたではなく、不定の「あなた」であり、特定の「わたし」でもある「あなた」である。私はあなたに会いたい。伝えてはいけないと思っても、それでも書きたいと思うのは、あなたに会いたいからだ。わたしもまた、「あなた」である「私」に会いたかった。

 私は書くことを選びたい。

 あなたに会えるかもしれないこれからを選びたい。

 

 

 

 2019年10月、2020年3月

 

 

ここには書けないようなことばかりになってきた

 

でも、書けないのは私が 足りないからだ

掬えるものを掬うこと

人に伝えてはいけないことを 伝えられるかたちで

 

書くこと