calling

 
    「よばれる」という感覚は時々あって、なにかに引きつけられるというか、たとえば直感と言い換えてもいいのかもしれないけれど、もっと音もなく大きななにかで、そう、やはりそれは「よばれる」というのがいちばん適切な気がするから、わたしはこの感覚を「よばれる」と表現している。
    京都に進学したのは、まあいろいろ事情はあったのだけれども、「よばれた」からだった。ふと、「あ、京都」と、そうしてよばれるままにやってきて、京都在住であるいま、わたしはある場所によばれている気がするから、卒業したらそこに行こうとおもう。
    わたしがわたしを失えないのは、この世界によばれているからなのだろうか。
    これは自分ではないのだとよくわかっていながらも抗うことができないことがある。突然涙が止まらなくなる。自分を壊してしまいたくなる。意思によって生きているのではなくて、身体に生きられているような。頭の言うことを聞いてくれないから、身体を投げ捨てたくなって、窓を開けてしまう。風がつめたい。
    小学生のころからわたしは「もうひとつの世界」を信じていた。それは死後の世界を指しているのではなくて。そこは何もかもが調和した完璧に美しい世界。「美しいである」世界。
    小中学生のころはよくかみさまと会話をしていたから、「わたしはこちらの世界の住人ではないのだろう」と感じていた。早くあちらに行きたいと思っていた。でも、どうやらまだ行けないらしい。引きつけられず反発する。風がわたしを押さない。なぜ?
    おねがいだからずっとわたしの名前を、読んで、呼んで。そしてわたしをよんでいて欲しい。「美しいである」のはこの生と、そう思わせて。
 
    窓を閉める。わたしもあなたをよんでいる。
 

十七歳

 
 
「十七歳」
 
    発することばの一文字一文字が凍ってしまいそうな十二月だった。
    音もなく、しろにしろをかさねる雪が降る。右横を、すこしだけ盗み見ると、その無数のうちひとつが、うつむき加減にあるく高階さんの、すっとのびた睫毛に、選ばれたように、ふわりと着地した。こごめ雪。そうしてすぐに水滴になる。まばたきをさせて、頬をすべりおちる。高階さんのからだの熱に溶けていったそれになりたいと思った。
    自分に向けられている視線に気がついてこちらをむいた高階さんの目が、わたしを刺す。気持ちが動かされるたび白い息が漏れた。わたしは高階さんから目をそらせなかった。
 
「寒いね」
 
    先にそらしたのは高階さんだった。つられてわたしも、まだましろな路面を見る。
 外はすっかり夜だった。空はくらくて、雪はあかるい。積もりたての六角形たちが街灯の光を反射させてきらきらとかがやく一面は、高階さんと私のための舞台かと思われた。まだ誰の足跡もつけられていないその上を、ふたりで歩く。私は、いまにも手を広げて走り出したかった。
 
「今日の最高気温はマイナス三度らしいですね」
 
    そんな天気予報の受け売りに弾んだ心地をもたせてしまったのは、高階さんの発した、寒いね、という四音が、ひどくわたしを嬉しくさせたからだった。
    ね。という、わたしに、わたしだけにことばが向けられたしるし。それだけでたまらなかった。
    踏みしめる雪の鳴る音が、いまそこにたしかに高階さんが存在すると知らせるたび、たった一七五センチそこらのこのいきものが、愛しくって、とうといと思った。その生の宇宙のすべてをこの両腕の中に抱きかかえたいと、涙の出そうなくらい思った。その生のあることを、かなしみもせつなさもその始まりから終わりまで、持ちうる感情とことばの限り愛したいと思った。
    思っても、わたしのあたまの右ななめ、十五センチ上を規則的にあるいは不規則的にゆらされる黒髪の運動さえ何ひとつ、わたしのものにはならないのだと、わたしはちゃんと理解していた。高階さんは、二十一歳のおとなだった。わたしは、十七歳だった。わたしから高階さんは、遠すぎるのだった。
 
「お嬢さん、さっきの数学できそう?」
 
    高階さんはわたしの名前を呼ばない。その代わり、お嬢さん、とか、君、とか、妹みたいに子どもみたいに、呼んだ。
   わたしは 曖昧に、はい、と答えた。あなたの手ばかりを見ていたのだけれど。
 このひとの書く数式は、これまで目にしたどんなことばや文の羅列より、美しかった。左手でほおづえをついて、右手にわたしのシャープペンを握って、このひとが一字ずつ展開する世界に、わたしは見惚れた。高階さんに教えてもらった範囲の小テストは、いつも追試を免れたのだった。
    高階さんは、わたしの目の前に現われた、ひとつの大きな、世界そのものだった。
    さっき習った相加相乗平均なんかよりも、高階さんのことを知りたかった。このひとの心のなかにはだれがいるのか、右手人さし指の指輪はなにを意味しているのか、なぜわたしとあそんでくれるのか、など、異性交際なんてしたことのないわたしには、わからないことだらけだった。わたしには、高階さんがただそこに立っているだけで鼻の奥がつんとして、焦がされるほどに胸が痛い、そんな現象を恋とよぶらしいということしか、きっとこのひとはわたしのものにはならないのだろうということしか、わからないのだった。
    ファクトリーを出たあとのこの四本の足がどこを目的地としているかを、高階さんは明らかにしていないけれど、駅へ戻るのだろうなと、わたしはこれまでの経験から予測していた。二〇時を過ぎていた。
    十七歳のわたしを、夜遅くなる前にきちんと家に返すところも好きだった。それでも、それがもどかしかった。お酒も煙草もできる二十一歳のこのひとに、いっそ誘拐されたいと思っていた。わたしだけのものにならなくて良いから、このひとだけのわたしにして欲しいと思っていた。
    恋の名のもとにわがままを言うことは、子どもなのか大人なのかと考えた。わたしはどちらでもない十七歳だった。恋の名のもとに忠実に切実にただ、手を伸ばせば届くほどの隣を歩くこのひとに恋をするしか、できないわたしだった。
    高階さんは、目の前の女子高生が自分へ向ける目線に込められた熱に、気がついているだろう。気がついていながらも、その熱を冷まそうとも、燃やそうともしない。どちらでもないようにかわしながら、どことなくこれ以上は近づけないような雰囲気を纏わせる。
    ふたりで歩いていると、数分おきにわたしの右手と高階さんの左手がぶつかる。というより、ぶつける。好きだと言うように。伝えるように。ほんの少しの憎しみを込めて。
    どうして手をつないでくれないの。
    あり得ないとわかっていながらも、手ぶくろはダッフルコートの左ポケットに待機させたままであるのには、理由があった。定規では測ることのできない距離を隔てて気まぐれにゆれるその左手に、ふれたくて仕方がなかった。わたしの全意識はこの右手に集中させられた。
    高階さんの手にふれたくて、掴みたくて、引っ込みのつかなくなった右手は、十二月の風のなかで感覚をなくしていった。
    ヒールの高さだけわたしは子どもだった。校則通りの黒髪を長くのばして、頬にアプリコット色をのせて、そんな精いっぱいの背伸びですこしは大人になれたつもりでいても、高階さんの前では十七歳でしかないことを思い知らされるのだった。
    ヒールも脱げない不恰好さでわたしは高階さんへと駆けていた。
    わたしはわかりやすく恋をしていた。
 
 
    
 
 
 
 

女学生

     

    朝、目がさめる。上半身を起こすと、目の前にある全身鏡の中の自分と目が合う。おはよう。声をかけてあげる。かけてあげながら、寝起きの自分に絶望する。え、顔むくみすぎじゃね?私こんなかわいくないっけ?「朝は、いつでも自信がない」。昨晩ねむるまえに用意しておいた、枕もとの、コップ一杯の水をのむ。デトックス。ふとんから立ち上がって、台所へゆく。くだものを切る。毎朝の日課。きょうはオレンジ。オレンジはおいしい。ビタミンC。朝にくだものをたべる習慣があるのは、からだによいと、聞いたからであります。ただ、それだけ。春はあけぼの。朝はくだもの。くだものを長いあいだ食べないでいると、身体の中になにかわるいものが溜まるようで、具合がわるくなってしまう。トマトをよくたべるようにしているのも、そう。からだにいい気がするから。ただ、それだけ。トマトの味なんて好きじゃない。身体の調子さえも他人からの受け売りに左右されるなんて、ずいぶんいい加減なものだ。トマトをほんとうに、心から、美味しいと感じているひとも、あるのかしら。

     顔を洗って、鏡の前に座る。なんてひどい顔!お化粧をはじめる。ややましになる。自分に魔法をかける2分間。たった4行程の魔法。目の下にアイシャドウのきらきらを入れてみる。わたしは、途端にかわいくなる。うふふ、と、笑ってみる。たのしい。いけそうな気がする。女の子たちは毎朝、自分に魔法をかけるのだ。その営みの、なんと美しいことか。わたしはその努力が、愛おしくて、たまらない。
    街中で恋人同士を見かけたとき、わたしは、ふと、声をかけてしまいたくなる。ちょいとそこのおにいさん。あなたの隣の彼女の、その、顔サイドのゆるふわ毛束。それは彼女が今朝、アイロンでつくり出したものなのですよ。それは、「つくられたカワイイ」なのですよ。カワイくなりたいという気持ちが、既にカワイくありませんか。わかったら、伝えてあげましょう。そう、「カワイイ」ということばは、更なる「カワイイ」を生み出す、いちばんの魔法なのです。
 お化粧品の鮮やかな色々。これだけの色を駆使して、女の子たちは、自分だけの魔法をかけています。「コーラルじゃない。ピーチネクタリンじゃない。スイートアプリコットがわたし色」。そんなふうにして。大体、女の子なんて、性格が悪いんだ。すぐ群れるし、たとえばAさんBさんCさんの集まりからCさんが抜けたとすると、AさんとBさんはすかさず、彼女の陰口を言い始めるんだ。心の中で、ほんとうは、なにをかんがえているのか。さらに女の子たちは、そのカワイイ、で、数々の男をなぎ倒して生きている。女の子は、おそろしい。しかしながらそれをサッと隠して、うふふとにこにこさせてしまう。化粧は魔法。女は化ける。だけどそれでいいじゃないの。お化粧はだれかのためのものではない。わたしのためのものなのだ。自分に自信を持つこと。たのしく生きてゆくためのこと。見られたくないものは、できることなら、見られず過ごしたい。そうして、自分を生きやすくすること。大切なのは、自分を偽りすぎないこと。
     わたしの美意識でえらんだお洋服に着替えて、お気に入りの匂いを纏って、さあ、外へ出てゆきましょう。ね。にっこり微笑んだなら、きっと世界も、わたしに微笑みかけてくれるから。
 
 
 
 
 

消えないで

 
    金木犀が始まった。
    と書こうと思っているうちに、終わってしまっていた。私はとことん季節に乗り遅れる。
    私が通うこの大学の構内には、どこもかしこも金木犀が植えられている。花をつけるこの時季になると、建物から出る前にすでに、匂いがしてくるほどである。設計者はきっとセンチメンタリストなのだろう。
    私がこの四年間の学生生活で見つけた「サイコーの金木犀スポット」にある金木犀の木たちはもう、「ぼくら今年の役目終わりっす」とでもいうように、黄色い花を落としてしまっていた。そっか。おつかれさまです。また来年だね。私、来年はいないけど。こうして生命は続いてゆく。
    毎週水曜日に訪れる建物の階段下を通ったとき、その残り香が鼻先をかすめた。鮮やかさをおとした、濁った黄色い花がそこにはあった。やった、ここにはまだあるんだ、と思ったら、その匂いはすれ違った誰かの香水にかき消されてしまった。私の初秋の微風は終わった。
    大学構内を歩くとき、私はいつもiPodにつないだイヤホンで音楽を聞いている。時々は、学生の騒がしさも聞きたくて、そうしないこともある。大学自体は大好きだ。風景のように眺めていたい。それでも大体いつも音楽を聞いている。この風景と音楽と自分をすべて結びつけて、二十年後にも覚えていたい、思い出したい、と思うのである。私はいつも二十年後の感傷を先回りして現在の行動を決めている。
    休み時間になって人通りが増え始めると、大好きな音楽は人の声に、人自身に、雰囲気に、かき消されてゆく。そうすると、いつもひとりでいる私は泣きたくてたまらなくなる。ただひとつの頼りが奪われる気持ちになる。心細くなる。強く生きたい。
    神様を信じる強さを僕に、生きることをあきらめてしまわぬように、大学というにぎやかな場所でイヤホンからかかりつづける音楽に、僕はずっと耳を傾けている。
    匂いや音楽と同じように、記憶も、誰かにかき消されるものであると思う。誰かとの記憶は、誰かとの記憶に。それは上書きに近いような気もするし、やはり消されるものであるようにも感じる。あるときふと、季節の風は次の季節の風に、取って代わる。あの感じ、似ている。ただ、匂いや音楽とは違って記憶のそれだけは、希望と思いたい。
    でもやはり、かき消されたくないものばかりだな。匂いも音楽も記憶も。だから私の中に確かに持つんだ。音楽を鳴らすんだ。かき消されないように。かき消されたとして、また取り戻せるように。
    
 
 
 
 
 

一年前の日記を転載

 
    2015年9月29日
 

    あざやかな夏が過ぎて、いつのまにか蝉の声も途絶えた九月、金木犀はセンチメンタルを加速させます。窓を開けて息を吸い込めば街中が初恋の嵐

 
    一生続くかと思われた夏休みがおわりました\(^o^)/
 
    夏休みは長く札幌に帰りました。毎年恒例のRISING SUN ROCK FESTIVALや函館帰省美瑛富良野旅行へ行きました。京都に戻ってからは、行く2日前に決定した日帰り鎌倉弾丸ツアーを決行しました。
 
    私のライジングは今年で9年目でした。気づけば全開催回数の半分以上を行っている、おどろき!その割にいまだ荷物を上手に作れないね、ごめんなしゃいね。
 以下、とても長い感想↓
 
私の人生のエンドロール音楽部門に間違いなく載る方々です、とてもよかったです。一番好きな曲「白い恋人」は、何度聞いても胸がつまるし、ライジングにぴったりな曲。
「僕らはきっと日曜日の朝に
めまいのするような朝陽を見る 
地平線の向こうへと翻る
蒼い太陽の日差しの中で」
白い恋人にかかわらずRISING SUN ROCK FESという会場では、曲に新たな解釈ができる。私はこのフェスが大好きです。
晴れていた空は、NOW でさらに陽が照って、天気を操るようで、さすがサニーなデイをサービスしてくれるひとたちでした。絶対最後にやると思っていたサマーソルジャーは、わかっていても悶えます。
「その唇染めるのは彼方に沈む夕陽なのか
ぼくの心捕まえて青ざめさせる恋の季節」
「八月の小さな冗談と真夏の重い病」
キラーフレーズですね。サニーデイ・サービスは素晴らしいバンドだ(くちぐせ)
 
cero
あまりに絶賛されているのであまのじゃくにきちんと聞いておらず、遠巻きに途中からライブを見ましたが、圧倒されました。す、すごいものを見てしまった…。歌詞とかメロディとか音とかなんだかそういうのではなく、「そこで音楽が鳴っている」、そのことが素晴らしかったです。目にみえるすべてが音楽でした。音の粒たちが光に照らされて、降ってきた。
私の好きな音楽のひとたちの多くはもう活動をしていないか、いわゆる全盛期ほど活動をしていなくて、それがとてもくやしかった。間に合いたかったなーという思いが強かった(今はそれほど思わないけれど)。だから、大森靖子さんがメジャーデビューまで駆け上がっていく様子を見ていることができたことはとても嬉しかったです。そしていまceroを好きになれて、わたしはとても嬉しい。あたらしく音楽を好きになること、CDの発売日を心待ちにできること、その幸福!!!11月のcero中野サンプラザワンマン行きます(((o(*゚▽゚*)o))) Yellow Magusは今年のわたしの夏の一曲。
 
ボヘミアンガーデンに向かう途中で、中島みゆきさんの「世情」が聞こえてきた。安藤裕子さんが歌っていると気づいて走りました。「世情」は、『二十歳の原点』が大好きな私は、シュプレヒコールの波をひとり通り過ぎていく彼女を思いながら聞いています。
「世界をかえるつもりはない」が圧巻でした。安藤裕子さんは歌手とか女優とか画家とかスタイリストとかもそうなのだけど、「表現者」ということばが似あうなあと思います。
「世界の片隅で叫ぶほどの
言葉なんて何も持たないけど
この狭い部屋の片隅で君が今も
笑っているなんて素敵だもん」
TEXASと海原の月も聞きたかった!
 
銀杏というかみねたなんですね。わたしは銀杏のライトなファンなので文脈に沿った見方はできませんがとてもとてもよかったです。銀杏の直前までテントでねていたのに、スッと「銀杏見なきゃ」と目が覚めたのは何かだったと思います(何か)。
前回のライジング出演は7年前だそうですが、わたしもそれ、遠くから見た気がするなあ。7年かあしみじみ。『DOOR』も『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』も高校生のころ聞いていました。
最後にやってくれた曲のあいどんわなだい(I DON'T WANNA DIE FOREVER)」「ぽあだむ」はあのときはじめて聞いたのですが、とてもよかった。
「夢見る頃を過ぎて
英雄なんかいないって重々承知してんだ
でもあの子さえいれば
ドニ・ラヴァンみたいにPOPになれんだ」
ギターも置いて打ち込みに合わせてピンボーカルで歌うみねたの、まっすぐさがとてもよかった。MCとかもそうだけどやはりみねたは存在感あるなあ、カリスマ的なひとなのだなあと思いました。「ぽあだむ」は今年のわたしの夏の一曲。「こぼれたら キッスしてね」で涙出そうになる。この曲の歌詞のあらゆるところが私のつぼを押してくる。この曲の主人公の男の子の、恋と退屈とロックンロールっぷりがうつくしい。MVではかわいいかわいい女の子たちが次々と投げキッスしてくれます、YouTubeへ急げ。来月の京都梅小路公園での野外イベントに銀杏が来るそうなのでとても楽しみです。ライジング以来大ファンになりました。
 
    ほかにもいろいろ見ました、クラムボンの「サラウンド」で気持ちが晴れわたったり「便箋歌」で泣いたり、ハナレグミも笑って泣いて踊ってのすばらしさ、ほんとうにさいこーでしたが、長くなりすぎるので省略です。たのしかった。ライブのほかにも、いちごけずったし、花かんむりかぶった。
    二泊三日のライブ三昧テント生活から帰宅して、16時ころまさに充電が切れたようにねむりましたら目が覚めたのは翌朝5時で、どっちの5時なのか、わかりませんでした。ライジングあるあるですよね。
    音楽があるから忘れないでいられることがあって、音楽があるからそこにあることに気がつける感情があって、だからできるだけたくさんの、ものに、触れたほうがいい。勉強をしなさい本を読みなさいということの意味することのひとつには、期せずして持ってしまった自分ではどうにもことばにできない感情やぼんやりとした思いを、どこかの国でいつかの時代に同じように考え続け文にあらわしあるいは思想として組み立てた人があることを知っている、ということに救われるから、があるとかんがえます。
    そういえばここ数年サンステージだけ斜めに設置されているのは何か理由があるのでしょうか、サンからテントに戻るのにまっすぐ歩くと斜めに進んでいるから方向がわからなくなりませんか。
 
    函館は第二の故郷、美瑛富良野へ行くとからだが一心される気がする、前日翌日フルタイムバイトなのに鎌倉日帰りはいろいろなひとに「え、なんで ?」とドン引きされた、でもたのしかった、まなしゃんありがとう。
    北海道が大好きだけれど、まだこっちの12ヶ月で過ごしていたいなあ。
    季節の中で美しく生きたいと思います。
 
    ちなみに:一文めの「初恋の嵐」はバンドの初恋の嵐からです。
 
 
 
 
    某所より。
    読み返すとかなり日本語があやしかったり、感想がふわっふわだったりしますが、「音楽があるから~」のくだりを書きたかったので、こちらに転載しておきます…。一年が経つのって早いなあ。
 
 
 
 
 

始まりとは

 

 きょうから私の後期が始まりました。

 以下、二十年後の私のためだけの日記。

 

 後期の授業は、必修の授業と、足りてない二単位分の一般教養と、自分の興味のある哲学史

 きょうは、必修の授業である専門演習(ゼミ)だった。

 教室は、いつだってこわい。みんな、いいひとなんだ。いいひとなんだけど、ただ、こわい。私はひとを前にすると常に自分が批判されている気がしてきてしまって、たまらなくなって、逃げたくなる。でもそれって、自分が人前に出られるほどの自信を持っていないからで、ただ自分が悪いだけなんだ。だから、人前に出られるような人間になるべきなんだ。うん、わかるよ。

 教室に入るのも、出るのも、びくびくしている。

 当然なにごともなく、第一回の授業は終わる。いい年なんだから自分で自分の首を絞めるなんてやめたほうがいいよ、と、内なる自分も自分を批判してくる。うん、わかるよ。何をどう考えても自分しか悪くないことばかりで、だから人を前にするのがこわくて、だから何もできなくて、その結果また自分しか悪くないからこうなるんだとかんがえたところで、何も変わっていかない。

 じゃあ、どうしようか?

 自分を変えるならいまだなと思う。きょうが始まりなんだ。

 いまやることをひとつひとつこなすこと。

    とりあえず、外へ出て行きましょう。

 もうすぐで、ほら、もうすぐで、川に出るはず。

 

 

    忘れたくないな。

    きょうは十九時過ぎに図書館を出た。外では、雷が鳴っていて。雨が降っていた。傘をさして、中のレジュメや本が濡れないようにリュックを前に背負って、iPodで中村くんの『金字塔』を聞いて、いつもの通学路は金木犀の匂いがたちこめていて、歩いて、家に帰ったよ。

    まだ、大きな無限大が、みんなを待ってる。

    トンネルを抜けると、今日は、解放記念日だ。

    家に着いて、ポストを開けたら、てがみが届いていた。ちょうどイヤホンからは、「謎」が聞こえていた。

    僕等の答えはゴールを旋回し、大手振り、出発地点へ戻る。

    誰にもわかって欲しくないから日記に書かない幸せ。

 

     始まりとは、ここだ。

 

 

 

 

進むとは何か

 
    とてもよい文を書くひとがいて、そのひとの文が更新されるのを私はいつもたのしみにしている。
    このあいだ、更新された文をわくわくと読んだら、心乱された。母の愛についての文だった。内容はごく普遍的で当たり前で、おそらく大体のひとが賛同することで、正しかった。私も異論はないし、やはりとてもよい文であった。とてもよかった。けれど私は心乱された。
    文中で繰り返される「お母さん」ということばにも私は気分が重くなった。たとえば他にも、ここ連日テレビで放送されるオリンピック関連の、出場選手がお母さんへ感謝を伝える場面にも私はすこし気分が重くなる。すぐに忘れるけど。
    誰も傷つけない文や言葉というのは、あるのだろうか。たとえばこの文も、誰かを傷つけているに違いない。
    私は「重度かつさわやかなファザコン」を自称しており、よく、父がどうのこうのと言うし、書く。それを読んでわずかでも心乱されたり傷つくひとがいるだろうとは、ある程度予想している。
    何かについて書くとき、語るとき、誰からも受け入れられることはきっとない。
 「人を愛することはよいことだ」という命題があったとして、それはおそらく正しくて、しかしながらいくつもの「けれど」や「自分は愛されなかった」や「愛が人を殺すこともある」などは、かんがえられる。あらゆる場合はあるけれど、それらすべてを鑑みながら書くことは不可能に近い。だからといって、「不快に思うひともいるんだからやめてください」という主張も違う。
 何かについて書くとき、そこから弾き出されるような場合やひとがあるのは仕方がない。ありとあらゆるひとがあって、ありとあらゆる場合がある。そしてそれを知るたび、「何も言えない」という地点に立ち止まってしまう。
 けれど、全てに考慮していては何も言えないし、何も書けない。
 けれど、いつも意識していたい。
 立ち止まってはいけない。
 けれど、進まなければならないのか。
 そんなことをかんがえ続けることだけは、やめてはいけない。

ありとあらゆる種類の言葉を知って何も言えなくなるなんてそんなバカなあやまちはしないのさ!
小沢健二「ローラースケート・パーク」
   
  この言葉をいつも胸に刻みます。
 
  書くって、伝えるって、言葉って、何なのか。
  私にはまだまだ洞察が足りない。