女学生
朝、目がさめる。上半身を起こすと、目の前にある全身鏡の中の自分と目が合う。おはよう。声をかけてあげる。かけてあげながら、寝起きの自分に絶望する。え、顔むくみすぎじゃね?私こんなかわいくないっけ?「朝は、いつでも自信がない」。昨晩ねむるまえに用意しておいた、枕もとの、コップ一杯の水をのむ。デトックス。ふとんから立ち上がって、台所へゆく。くだものを切る。毎朝の日課。きょうはオレンジ。オレンジはおいしい。ビタミンC。朝にくだものをたべる習慣があるのは、からだによいと、聞いたからであります。ただ、それだけ。春はあけぼの。朝はくだもの。くだものを長いあいだ食べないでいると、身体の中になにかわるいものが溜まるようで、具合がわるくなってしまう。トマトをよくたべるようにしているのも、そう。からだにいい気がするから。ただ、それだけ。トマトの味なんて好きじゃない。身体の調子さえも他人からの受け売りに左右されるなんて、ずいぶんいい加減なものだ。トマトをほんとうに、心から、美味しいと感じているひとも、あるのかしら。
消えないで
一年前の日記を転載
あざやかな夏が過ぎて、いつのまにか蝉の声も途絶えた九月、金木犀はセンチメンタルを加速させます。窓を開けて息を吸い込めば街中が初恋の嵐。
始まりとは
きょうから私の後期が始まりました。
以下、二十年後の私のためだけの日記。
後期の授業は、必修の授業と、足りてない二単位分の一般教養と、自分の興味のある哲学史。
きょうは、必修の授業である専門演習(ゼミ)だった。
教室は、いつだってこわい。みんな、いいひとなんだ。いいひとなんだけど、ただ、こわい。私はひとを前にすると常に自分が批判されている気がしてきてしまって、たまらなくなって、逃げたくなる。でもそれって、自分が人前に出られるほどの自信を持っていないからで、ただ自分が悪いだけなんだ。だから、人前に出られるような人間になるべきなんだ。うん、わかるよ。
教室に入るのも、出るのも、びくびくしている。
当然なにごともなく、第一回の授業は終わる。いい年なんだから自分で自分の首を絞めるなんてやめたほうがいいよ、と、内なる自分も自分を批判してくる。うん、わかるよ。何をどう考えても自分しか悪くないことばかりで、だから人を前にするのがこわくて、だから何もできなくて、その結果また自分しか悪くないからこうなるんだとかんがえたところで、何も変わっていかない。
じゃあ、どうしようか?
自分を変えるならいまだなと思う。きょうが始まりなんだ。
いまやることをひとつひとつこなすこと。
とりあえず、外へ出て行きましょう。
もうすぐで、ほら、もうすぐで、川に出るはず。
忘れたくないな。
きょうは十九時過ぎに図書館を出た。外では、雷が鳴っていて。雨が降っていた。傘をさして、中のレジュメや本が濡れないようにリュックを前に背負って、iPodで中村くんの『金字塔』を聞いて、いつもの通学路は金木犀の匂いがたちこめていて、歩いて、家に帰ったよ。
まだ、大きな無限大が、みんなを待ってる。
トンネルを抜けると、今日は、解放記念日だ。
家に着いて、ポストを開けたら、てがみが届いていた。ちょうどイヤホンからは、「謎」が聞こえていた。
僕等の答えはゴールを旋回し、大手振り、出発地点へ戻る。
誰にもわかって欲しくないから日記に書かない幸せ。
始まりとは、ここだ。
進むとは何か
ありとあらゆる種類の言葉を知って何も言えなくなるなんてそんなバカなあやまちはしないのさ!小沢健二「ローラースケート・パーク」
真夏のピークが去った
台風が接近しているそうで、ここ数日は雨降りですね。私は雨音を聞くことは好きなのですが、部屋の中が外の世界の憂うつに、しずかに満たされていくようで、雨の日は気が塞ぎます。いままで本を読んでいたのですが(村上春樹さんです)、外の世界の雨のせいで、25mプールいっぱいに陰鬱さが満ちているような、とにかく私をじわじわと囲い込んで、追い込まれるような、呼吸が圧迫されるような気持ちになって、片付けを始めてしまいました。大体の憂うつは、部屋に物が多いことが原因の気がします。雨の日は、本を読むのがお好きですか。それとも、何かに取り憑かれたように片付けをなさいますか。