朝雲1

 
 あの方は初めてお教室へいらつしやる途中、渡廊下の角に立ち止まつて古い窓から空を見上げていらした。白い雲の緣にはまだ朝の薔薇色がほのかに残つてゐるやうだつた。
 川端康成朝雲」新潮社、1941年4月12日、p-3
  
 川端康成の「朝雲」という作品が大好きだ。
 日本人初のノーベル文学賞受賞作家・川端康成が、少女小説を多く書いていたことはあまり知られていない。おそらく「伊豆の踊子」や「雪国」のような「THE 国文学」のイメージが強いでしょう。
 「朝雲」は、少女雑誌に掲載された少女小説である。女学生・宮子が、美しい女教師・菊井先生に「強い気持ち」を抱く話である。いわゆる「エス」的世界が描かれており、「同性愛作品」的な受容がなされてきた。しかし、この作品の主題はそこにあるのか?という問題提起をし、その内容で卒論を書いた(全ての文学にありがとうと言いたくて書いたのに、出来は酷くて全ての文学に土下座した)。
    ほんとうに素晴らしい作品なのでぜひ読んで欲しい。「美しい」が溢れている(「美しさ」ではなくて)。
 私にも大学時代、とても大好きなせんせーがいた。大学の専任教員ではなかったから関われる時間が少なかったし、たった半期だけしか教わらなかったし、おそらくせんせーはもう私のことを覚えていないと思うけれど、それでもせんせーを恩師と思っている。
 せんせーはふつうの男の先生で、菊井先生のような「美しい」先生なわけではない(すみません)。けれど美しかった。宮子も、菊井先生の外面的な美しさだけではないなにか「美しさ」に惹かれていたのだろうと思う
    この「朝雲」には、「恋」ということばは出てこない。宮子は菊井先生のことをどう思っていたのか。菊井先生への感情を、どのように名づけていたのか?
 私もまた、せんせーに恋をしていたわけではなかった。でも大好きだった。授業中には全力で目を合わせないようにしたり、話したいくせにせんせーに当てられるのを避けてわざと一番後ろの席に座ったり、聞きたいことはたくさんあるくせにいざ話すと何も言えなかったり(こういうところ、宮子にそっくりだな)。せんせーのことを真っすぐに見ることのできるひとになりたかったし、せんせーに真っすぐに見られても逸らさずにいられるひとになりたかった。私には知識も勉強量も人としての何かも足りな過ぎるからと、いつも逃げたかった。

 ‪大学で友だちがいなかった・誰とも関わりのなかった私のことを見てくれていたのは、私のことばを受け止めてくれたのは、私にことばをくれたのは、せんせーだけだった。

 せんせーの授業には、「シャトルカード」という、教員と学生とでやり取りをするプリントがあった。授業の終わりに感想や疑問点を書いて提出し、教員がそれに返信をして翌週の授業に返却される。それを毎週繰り返す。交換日記のようなものと言ってもよい。

 第一回の授業のときに、私が「アウグスティヌスの『外に出ていくな。あなた自身の中に帰れ。真理は内的人間に住んでいる』という言葉が好きで受講しました」などと書いたら、せんせーは「『真の宗教について』のことばですよね。私も好きで、決断に迷うようなときに思い出します。(『告白』でいうと、第10巻の記憶論に、これと似た議論があります)。」と書いてくれた。私は決断に迷うとき、せんせーがこのことばをくれたことを思い出す。

 北極星のような人というのは誰にもあると思う。「あの人ならなんて言うだろう?」と、考える道しるべになるような。その人があることで、自分がいまいる場所がわかるような。いつだって見上げてしまうような。導かれるような。私にとってはせんせーが、その一人なのだと思う。

   なんとなく、当時の 日記を読み返していたら、書いていたことすらすっかり忘れていたようなせんせーに聞いてみたかったこと・聞こうと思っていたことが、たくさん記述されていた。「せんせー、人は愛することと愛されること、どちらを先に知るのですか?」など。

 詳しくは書かないけれど、シャトルカードでのやり取りや直接話したりする中で、せんせーがとてもとてもとても「よい人」であることがよくわかって、私は授業後よく家で泣いた。

   そうして「朝雲」の 宮子が「あの方は私となんのつながりもない人だから、いつどこへ行つておしまひになるかもしれないと、私は初めて氣がついた」(p-12)のと同じように、せんせーは別の大学へ行ってしまった。

 せんせーから授業で習ったたくさんのことはたくさん忘れて、けれど「あの方は私になんにも下さりはしなかつたけれど、實はずゐぶん澤山のものを下さつてゐるのにちがひない」(p-27)と感じた宮子のように私の中にも、「下さ」った「ずゐぶん澤山のもの」ーそれが何なのかはまだわかっていないけれども「ずゐぶん澤山のもの」だとは言うことができるーが、残っている。

    「朝雲」のことをシャトルカードに書いたら、せんせーも読んでくれた。その宮子は私なのだと、菊井先生はせんせーなのだと、気がついてくれたらいいと思っていた。

 当時の私の知りたいことや考えたいことが、教わっていた内容だったのだけれど、いま私の知りたいことや考えたいことがさらに教わっていた内容とせんせーのご専門で、「これは何かのおぼしめしでは?」なんて思っている。

 私の大学生活を救ってくださいましてありがとうと言いたい、教わった・紹介してもらった思想たちのおかげで私は生きやすくなりました人生のテーマがみつかりましたと言いたい、私はいまこんなことが知りたいこんなことを考えたいいまこんなものを読んでいるこんなことを書きたい、と話してみたい、いまどんなことが研究テーマですかこれについてせんせーならどうお考えですか、と、聞いてみたい。話してみたいことがたくさんある。でもそれって私の一方通行だな、と、思い留まってしまう。

 宮子と同じように「あの方はやはり近づいてはならぬ恩師にすぎない。私がもつと美しくもつとよい人にならなければ、あの方のお言葉はいただけない」(p-27)と思うけれど、会いたいなら、会える距離にあるなら、どんなに「もつと美しくもつとよい人」に私は足りなくても、会いに行くべきなのだ。どうにかして。