手からすべるように

 

 流してしまったいくつかの出来事や感情に気がついて、ごめんね、と思った。

 あの本を読んだのはいつだったっけ。あの音楽にはまっていたのはいつだったっけ。あんなことを考えていたのはいつだったっけ。

 あの本を読んでその瞬間に感じたのは何だったっけ。あの音楽を聞いて自分のどんな感情のなまえを見つけたんだったっけ。あんなことを考えてそれをどんなふうに記述しようとしていたんだっけ。

 それらはもうわからないし、思い出せない。ここに持っていたのになくしてしまったこと。あの本があの音楽があの出来事が、私にくれたものたちを、私は流してしまった。時間に。風に。

 ごめんね。

 そう感じた私は、すべてから語りかけられている気持ちになった。私に語りかけられたことは、私が記述しなければならない。

    文を書きたい。

 目に映るすべてのことはメッセージ。