what's your name

 
    ここのところやることはたくさんあって、でもやればできるというものでもなくて、それでも元気にやっていた。うまくいかないことしかないけれど、とくべつ落ち込むこともなく、悲しむこともなく。私も強くなったものだと、思っていた。
    私の感情はスイッチ式だと思う。パチン、と、急に変わる。グラデーションがないのだ。そしてざんねんなことにそのスイッチを押すのは私ではない。だれかなのだ。だから自分でもよくわからないうちに、事情も理由もなく、感情は急降下したり、急上昇したりする。いつもそれに流される。パチン。その音は私にも聞こえる。パチン。あ。その訪れは急。いつも。パチン。あ。パチン。いまだれかが押した。
    元気だったはずなのに、急に涙が止まらなくなった。どうしたの、と聞かれても理由はないし、ただなんかもうつかれた、と思う。いつも「つかれた」ばかりで、私の感情には名前がない。「さみしい」という感情があまりよくわからないし、「かなしい」もよくわからない。ただただ、自分の中に突然渦巻く「なにか」に流されるのみである。そして「つかれた」と思う。「つかれた」は感情とは違う。名づけることができたならすこしは楽になるのだろうか。
    そしてその自分に対して、自分は客観的である。私の中には昔から、だれかが住んでいる。いま私の中にいるのはおそらく透子さんではない。あなたはだれなのでしょうか。スイッチを押すのはあなたですか。
    
 
    「何もわかっていないんだ 自分のことなんて」
 
 
    乃木坂ちゃんたちが歌ってくれているのが聞こえてくる。わかっていないんだな。それだけはわかるよ。いつ自分が元気になって、いつ泣き出すかすら、私にはわからない。自分には何があるのかすら、わからない。大事にしてきたはずのもの、できると思っていたはずのもの、何の役にも立たなくても、そのほかに何もできることがなくても、それでも自分には価値があると信じながら生きるのは、つかれた。ひとが私に何の価値を認めてくれているのかもわからない。
こんなに誰かを恋しくなる
自分がいたなんて
想像もできなかったこと
未来はいつだって新たなときめきと出会いの場
君の名前は “希望” と今 知った
希望とは明日の空
    未来はいつだって新たなときめきと出会いの場。そうだね。そう思うよ。この歩道の先にはきっと誰かが待っていると、そう教えてくれたのは小沢さんや、私と出会ってくれたひとたちだ。
    歩いていくってことなんだよな。それしかないんだ。いま何もないのなら手にするように。出会うように。そのように歩いていくしかないんだ。その先では、きっとだれかが待っている。私はそう信じている。そうだ、それは「希望」だ。信じていることも、出会えることも。そこへ向かって歩いていくしかないんだ。その過程すら、希望だ。そうか、だから歩道の先で待っている君の名前は希望なのか。今知った。
    さてと。生きるか。まだ目が開かないけど。
    Le vent se lève, il faut tenter de vivre.
    パチン。君に会いたい。