女学生

     

    朝、目がさめる。上半身を起こすと、目の前にある全身鏡の中の自分と目が合う。おはよう。声をかけてあげる。かけてあげながら、寝起きの自分に絶望する。え、顔むくみすぎじゃね?私こんなかわいくないっけ?「朝は、いつでも自信がない」。昨晩ねむるまえに用意しておいた、枕もとの、コップ一杯の水をのむ。デトックス。ふとんから立ち上がって、台所へゆく。くだものを切る。毎朝の日課。きょうはオレンジ。オレンジはおいしい。ビタミンC。朝にくだものをたべる習慣があるのは、からだによいと、聞いたからであります。ただ、それだけ。春はあけぼの。朝はくだもの。くだものを長いあいだたべないでいると、身体の中になにかわるいものが溜まるようで、具合がわるくなってしまう。トマトをよくたべるようにしているのも、そう。からだにいい気がするから。ただ、それだけ。トマトの味なんて好きじゃない。身体の調子さえも他人からの受け売りに左右されるなんて、ずいぶんいい加減なものだ。トマトをほんとうに心から、美味しいと感じているひとも、あるのかしら。

     顔を洗って、鏡の前に座る。なんてひどい顔!お化粧をはじめる。ややましになる。自分に魔法をかける2分間。たった4行程の魔法。目の下にアイシャドウのきらきらを入れてみる。わたしは、途端にかわいくなる。うふふ、と、笑ってみる。たのしい。いけそうな気がする。女の子たちは毎朝、自分に魔法をかけるのだ。その営みの、なんと美しいことか。わたしはその努力が、愛おしくて、たまらない。
    街中で恋人同士を見かけたとき、わたしは、ふと声をかけてしまいたくなる。ちょいとそこのおにいさん。あなたの隣の彼女の、その、顔サイドのゆるふわ毛束。それは彼女が今朝、アイロンでつくり出したものなのですよ。それは、「つくられたカワイイ」なのですよ。カワイくなりたいという気持ちが、既にカワイくありませんか。わかったら、つたえてあげましょう。そう、「カワイイ」ということばは、更なる「カワイイ」を生み出す、いちばんの魔法なのです。
 お化粧品の鮮やかな色々。これだけの色を駆使して、女の子たちは、自分だけの魔法をかけています。「コーラルじゃない。ピーチネクタリンじゃない。スイートアプリコットがわたし色」。そんなふうにして。大体、女の子なんて、性格が悪いんだ。すぐ群れるし、たとえばAさんBさんCさんの集まりからCさんが抜けたとすると、AさんとBさんはすかさず、彼女のかげくちを言い始めるんだ。心の中でほんとうは、なにをかんがえているのか。さらに女の子たちは、そのカワイイ、で、数々の男をなぎ倒して生きている。女の子は、おそろしい。しかしながらそれをサッと隠してうふふとにこにこさせてしまう。化粧は魔法。女は化ける。だけどそれでいいじゃないの。お化粧はだれかのためのものではない。わたしのためのものなのだ。自分に自信を持つこと。たのしく生きてゆくためのこと。見られたくないものは、できることなら、見られず過ごしたい。そうして、自分を生きやすくすること。大切なのは、自分を偽りすぎないこと。
     わたしの美意識でえらんだお洋服に着替えて、お気に入りの匂いを纏って、さあ、外へ出てゆきましょう。ね。にっこり微笑んだなら、きっと世界も、わたしに微笑みかけてくれるから。