あざやかな透明

 
  いつかかえるということ。
 
 
     ここはきっと、水辺。私たちはいつも水辺にいる。波が寄せてきては、かえってゆくのを、ただ眺めている。ね、きらきらがきれいだね。陽の反射。プリズム。きれいだね。足を浸したら、つめたかったよ。
     ひとは、ここから出発して、ここにかえるのですか。そうですか。ここは、どこなのですか。ああ。そうですか。私は、あまりにあざやかすぎるこの透明に、目を開けていられないです。
 
     ここは停留所でもあるらしい。何人もの人たちが目の前を通り過ぎてゆくのを私は眺めています。毎日、あるいは毎週、毎月。それは不定期で、何人もの人たちが通り過ぎてゆくのを、眺めています。電車の新快速は、ここを黙殺します。
     立ち止まるひとは時々いて、私に話しかけてくれます。何人かは、すこしお話ししたあとまたどこかへゆきます。何人かは、ここに留まろうとします。何人かは、私の髪を撫でようとします。私はやさしく拒絶します。そうしているうちに、ひとたちがどこかへ去るのを、見送ります。
    さようなら。なぜ、あなたたちがいつまでもここにいてくれないかは、私もわかっているよ。さようなら。さようなら。ずっとここにいて欲しかったな。それが、できることなのだったら。でも、あなたは行かなきゃなんない。うん。さようなら。さようなら。
 
     波が引く。水の音が遠ざかる。
     私はこの静けさが嫌いです。
     私はいつまでここにいるのでしょうか。
 
     春が終わるのを見ました。
 
 
     ここに留まろうとしたひとたちのなかから、私はひとりのひとと、一緒に出かけたことがあります。ここを離れて二年間、私は旅に出ました。
     私たちは歩きました。いくつもの美しい感情を見つけました。いくつもの美しい景色を見ました。金色の麦畑に、二重の虹に、冬の天の川に、雪解け水に。
     私たちは神を知りました。
     あるとき、ふいと私は、この一本道をおりました。他の道を見たくなったのではなく、疲れたのでもなく、ただ一緒に歩いていくのをやめたのでした。
    おりた先の道は、真っ暗でした。私は光を失ったようでした。闇を照らす灯りを持っていなかったことに、いまさら気が付いたのでした。闇を照らされていたことに、いまさら気が付いたのでした。わけもわからず涙があふれました。考えなしに道をおりたわけではなかったのに。なにも見えない。ここがどこなのか見当もつかない。私は、進むことも、戻ることもできませんでしたので、とりあえずねむることにしてみました。急に夜が降りてきたのかもしれないと、そう思うことにしました。そうして目が覚めたら、きっと何かが見えるようになっていて、それで、と、目が覚めた私は、また、停留所にいたのでした。いままで通りの水辺の明るさでした。何事もなかったかのように。あっけらかんとして。
    あのひとはどうやら、まっすぐに歩いていったようでした。私のからだの横にはあのひとの片腕が置いてありました。
    さようなら。さようなら。愛していました。愛していました。私を生きさせるよう、愛してくれてどうもありがとう。さようなら。さようなら。
 
 大三角をなぞる指先にやわい光が宿っていました。
 夏が終わるのを見ました。
 
 
     それから、秋も冬も、水辺に反射する光はまぶしすぎました。眩んでいるあいだにいくつの季節が巡ったか、もうわかりません。あるいは巡っていないのか。
 
     そうっと、目を開けました。空には飛行機雲がのびてゆきました。それすらまぶしい。
  げんきで暮らしていますか。そこに夏の大三角はありますか。デネブ、ベガ、アルタイル。おぼえているよね。蛍はいますか。蝶は飛びますか。とうめいに、色はありますか?そうですか。よかった。私はね、あなたがくれた花がいつまでも美しくてこわいよ。
 
     寄せる波を握りつぶす。ゆびの間から、水が滴りました。てをひらいても滴りました。いま私が壊したものはなに?あざやかすぎる透明が眩しくて、私は目を開けていられないです。
 
     ね、そのもとにいるのは、誰ですか。いつか、私の始まりと終わりが、どこなのか、わかる日はくるのですか。そうですか。その日まで私は。
 
 温度をなくした片道切符は行く先、銀色。