おとなってやつ part2


    おとなになるといえば、十七歳ころの私は「おとな」になりたくて、ヒールを履くことがたびたびあった。今もだけれどそのときの私はいつも遅刻しかけていたせいで、また陸上部であったゆえの癖(そんなのあるのか)で、よく走っていた。いま思えば慣れないヒールを履いて走るなんてできるはずがなかった。いつまでも背伸びなんて、できるはずがなかった。それでもすこしでも、「おとな」になりたかったのだ。よろけながら、かこんかこん、と鳴らして走った。そうしたら、階段では時々脱げるし、つま先はいつも痛かった。私はヒールをやめた。
    「おとなのおんなの象徴」だと思っていたヒールを履いていたあのころよりもいま、少しはおとなになれたけれど、きっともうヒールは履かない。スニーカーでいい。むしろ裸足でもいい。もちろんヒールは美しくて好きだ。けれども私はおそらくヒールが似合う星のもとに生まれてきたひとではないし、その瞬間の見ための美しさよりも、いつでもどこへでもすぐに走り出せる方を、私は選びたい。
 私はスニーカーで走る。それが私にとっての「24歳」ということの気がする。十七歳のころはかたちとしての「おとな」を追いかけていたのだろうな。けれど、自分に合わないことをしても続かないし、いつか転んでしまう。私がなりたいのはヒールの似合うおねえさんではないし(似あわないし)、欲しいのはかたちとしてのばらの花束ではない(もらえないし)。それらを置いていくことは、怠惰や諦めでは決してない。
    なんて、サブカル路線を突っ走りつつもきらびやかなもの・ロマンチックなものに憧れていた高校生の私がそんなことを言うおとなになっているとは、予想外だったな。
    でも、またヒールを履くとき私は、もっとおとなになれるようなきがする。一体いつになるのかね。