保健室でねむる

 

 「おなかいたい」とは、人間の発するあらゆる弱音のなかで一番かわいいものだと思う。

 きのうの私は、とてもおなかが痛かった。

 冒頭に書いたことをここでいきなり覆すけれども、きのうのその「おなかいたい」は、「かわいい」なんて生易しいものではなかった。

 大学に着いてから、痛くて痛くてたまらなくなって、寒気がしてきて、やがて変な汗が出た。この暑いなか、カーディガンを着こんだ。冬物で、真っ赤だった。暑かった。でも寒かった。なんだよどっちだよ。呼吸するのも苦しい。もう歩けなかった。ベンチに座って、動けなかった。ジョー。家に帰ろうにも動けない。痛み止めは持ってき忘れてしまっていた。痛いと私はブチャくなる。あのCMを見るたび、ブチャくなっても高畑充月ちゃんは絶対かわいいよなと思う。ただブチャくなっただけの私は這うように保健室へ行った。

 自動ドアが開いた瞬間、安心して泣きそうになる。「くすりを…ください…」受け付けのおねえさんに話す。こういうとき、ひとはつい具合悪そうな素振りをしてしまうものだ。けれどこのときの私は純度100%で具合が悪かった。椅子に座ってくすりを待つあいだ、あらゆる罪を神に懺悔する。このあいだなすを一本腐らせた、ごめんなさい。レポートまだ終わってない、ごめんなさい。身の危険が迫った人間は神にすがりがちだ。普段からきちんと生きとけよなって、神の声が聞こえる。それな。もう一度懺悔する。

 5分ほど経って、ロキソニンをもらった。

 「家に帰ろうにも動けなくてここに寄ったんです、」と、そのおねえさんに話したら、「大丈夫?薬が効くまでここですこし寝ていってもいいんだよ」と言ってくれた。天使。おことばに甘えて、「静養室」で横になった。

 小中高校と、保健室へはあまり行ったことがなかった。最後に保健室で寝たのは高校一年生のときに、築半世紀のぼろぼろ体育館の雨漏りのせいで滑って転んで頭を打ったときだ。その前は、もう覚えていない。体はずっと丈夫だったのだ(こう見えても中高6年間陸上部員、北海道8位入賞したんだぜ)。

 ベッドに横になったら、「おだいじに」とおねえさんが微笑みをくれた。本日2度目の、天使との出会い。また泣きそうになった。絶望的な気分だったけれどすこし楽になった。笑顔っていいものだ。私もたくさん笑って天使になろう。ふとんのなかでまるくなる。保健室っていいな、と思った。おかあさんみたいなところなのだろうな。よくわからないけど。

 薬が効くまでしばらく耐える。とにかく耐える。耐えながらも、つぎの日記には何を書こうとか、書きかけの10件をどう書いていこうとか、このことも書こう、とか、そんなことをかんがえていた。大学に入ってから書かなくなってしまったけれど、小中高までは文を書くことが好きだったから、私はやはりその星のもとに生まれてきたのかもしれない。

 気がついたら眠っていた。

 

 「17時で閉室なんです~」と、カーテン越しに声をかけられて起きた。薬が効くまでどころか2時間も眠っていたらしい。

 腹痛はもうずいぶんましだった。保健室を出たら、夕方で、いくぶん湿度はやわらいでいて。夢ごこちで自転車に乗った。みちたりたような気持ちだった。

 保健室っていいな、と思った。

 それはきっと、「調子が悪いことを当たり前に受け入れてくれる場所」だからだ。「大丈夫?」「おだいじに」と声をかけてもらえるからだ。

 私はずっとそう言って欲しかった。調子悪くていいと思わせて欲しかった。

 

 つらいって言っていいんだよ。調子悪いって言っていいんだよ。人のせいにしてもいい。責任をよそに置いてきてもいい。

 あなたは何も言えないから、すべて自分のせいにするから、つらいと感じることさえ自分に許さないから、そんなに苦しいんだ。

 「みんな大変なんだよ」とか、「人のせいにするな」とか迫害してくる人間は、その人がそういう奴だからなんだ。あなたはそうじゃない。自分をゆるすことができない人間に必要なのは自分をゆるすことだ。人のせいにすることだ。つらいんだと思うことをゆるすことだ。あなたの苦しみはあなたのもの。誰にも邪魔はできない。邪魔する人間は、私が刺す。

 16年経ってようやく自分に対してそう思うことをゆるせるようになったので、私はだいぶ生きやすくなった。

 人の苦しみを尊重しましょう。理解はしなくてよいのです。できないから。「そのきもちわかるよ」なんて、安易に言うべきじゃない。「わたしにはあなたの苦しみをわかることができない」と言えることは、相手を尊重することだ。「わからないけれど、そこに苦しみがあるということはわかるよ」という姿勢こそが大事なのだ。ただ、尊重しましょう。そこにあるのだ、と認めてあげましょう。それだけでいい、それがいい。私は絶対に、「わかる」とは言いたくないし、否定もしたくない。

 「おなかいたい」はかわいい弱音だけれど(きのうはかわいくなかった)、かわいくない弱音は、たくさんある。どうして世の中は、「みんなつらいんだからお前もがまんしろ」となるのだろうな。「みんなつらいんだからみんながみんなに優しくしよう」が正しいんじゃないか。「気分が良くなるまでここですこし寝ていていいんだよ」と言い合える余裕があって欲しいよね。

 保健室みたいな世の中になればいい。

 

 

 あまりにみちたりた気持ちになったので、きょうの分のテスト勉強をしなかった。これは自分のせい。神にまじ懺悔。