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夏の花

     

     夏の花が咲きはじめている。

     凌霄花、のうぜんかずら、空凌ぐ花。

     百日紅さるすべり百日紅いろをつける花。
 
     のうぜんかずらは、通学路にて、先週見つけた。堂々とした花のいろ、花のつけ方。わたしにはなくて、憧れる。そっかもうそんな時季なのか、なんてぼんやりしていたら昨日、おなじ通学路にて、さるすべりを見つけた。もう夏なのか!ああ、気がつけば6月も、22日まで数えているじゃないか。ああ、そこには芙蓉も咲いているじゃないか。梅雨に油断している場合ではないのだ。もう夏なのだ!
  あと一週間とすこしで7月が始まるらしいので、このやや興奮したテンションのまま1年前の今ごろの手書きノートを読み返してみたら、赤面。定期的に過去を振り返ることはだいじである。忘れていた気持ちを思いだすことがあるし、意外といいことを書いていたりもする(でもひとに読まれるくらいなら舌噛み切って絶命します)。
 
     1年生きてきた。
     咲く花は、そのことを知らせてくれるから、私は花が好きだ。北海道と違って本州はすごいよね。ひと月ごとに、違う花が、きちんと咲くのだから。花暦とはこのことなのか。
      太宰治の『斜陽』に、こんな一節がある。以下引用。
 
 
    「夏の花が好きなひとは、夏に死ぬっていうけれども、本当かしら。」
      きょうもお母さまは、私の畑仕事をじっと見ていらして、ふいとそんな事をおっしゃった。私は黙っておナスに水をやっていた。ああ、そういえば、もう初夏だ。
    「私は、ねむの花が好きなんだけれども、ここのお庭には、一本もないのね。」
      とお母さまは、また、しずかにおっしゃる。
     「夾竹桃があるじゃないの。」
       私は、わざと、つっけんどんな口調で言った。
     「あれは、きらいなの。夏の花は、たいていすきだけど、あれは、おきゃんすぎて。」
     「私なら薔薇がいいな。だけど、あれは四季咲きだから、薔薇の好きなひとは、春に死んで、夏に死んで、秋に死んで、冬に死んで、四度も死に直さなければならないの?
        二人、笑った。
        太宰治『斜陽』(岩波書店
 
 
     私も夏の花が好きだ。既述したような、のうぜんかずらやさるすべりなど。とはいっても、私はつつじやサツキも好きだし、金木犀は1年でいちばんのビッグイベントであるし、椿も好きだ。四季のそれぞれをそれぞれの時季にだけ彩ってくれる一季咲きの花が、その季節ごとに好きだから、私もまたその季節ごとに何度も死に直さなければならないのかもしれない。それは、あれもこれも好きだと欲張る罰なのかもしれない。けれど、何度も死に直すということは、何度も生き直すということになるのかしら。そうであるなら私は甘んじて受け入れたい。
 
    1年生きてきた。
    夏は、「生きてきた」と、そのほかの季節よりも、強く思わせてくれるから好きだ。夏には実家に帰省する。夏には恒例イベントがたくさんある。もちろん冬にも帰省するし、おおみそかなどの恒例イベントはあるけれど、夏の方がわくわくする。夏自体が生命力にあふれるような季節だからだろうか。
     私は毎夏、函館の親戚の家へあそびにゆく。毎年、おなじひとに会う。親戚とかね。おなじところへ出かける。函館山のほうとかね。おなじものをみて、おなじものをたべるしおなじものをおみやげに買ったりする。金森倉庫にいったりおすしをたべたりおどるいかグミを買ったりね。去年もこんなふうに過ごした。それから秋を越え冬を越え春を越え、またここにきた。365日×24時間という時間を、1秒も止めることなくここまで繋げてきたのだ。
     1年生きてきた。そのことを感じるようになったのは、たしか15歳のときだった。それもやはり夏だった。毎年恒例の、おばあちゃんちの近所の夏祭りに行った帰りの車の中だった。1年前にもここに来た。それからきょうまでわたしは生きてきたのだ。1年を生きてきた時間の重みを知ったのはそのときだった。私はそれから8年生きてきた。
 
    大森靖子さんは「呪いは水色」のなかで、
 
        生きている 生きてゆく
        生きてきた 愛の隣で
        私たちはいつか死ぬのよ
        夜を越えても
 
とうたっている。「生きている現在」「生きてゆく未来」「生きてきた過去」。この、「現在未来過去」と三点に分けてしまえばそれぞれが断絶されてしまうような、非連続的なようで実は連続的な三つの時間のうち、「生きてきた過去」が、私にはもっともとうとく思われる。生きてきたんだよ。生きてきたんだ。何度か死にかけたりしながらも生きてきた。生きていることも生きてゆくことも、それらはまだ確定していないから心もとないけれども、生きてきた、のは事実であって、その事実が私を支えてくれる。これからを生きてゆく推進力となってくれる。そうして生きている現在も生きてゆく未来もいつか、生きてきた過去となって、また私を支えてくれるのだろう。
     最近、私がこれまでどうにか生きてきたのは生きさせてくれるひとがいた・いるからだなあ、と感じることができるようになった。生きさせてくれる。いろいろなことばや時間をくれながら。生きさせてくれる。生きさせてくれるひとがいるから、生きているし、生きてゆくし、生きてきた。「呪いは水色」のなかで、この三つの時間のあとに「愛の隣で」とつけられているのは、そういうことなのではないか。
 
 
     この日記をきっと来年、私は読み返すのでしょう。そして「1年生きてきた」と感じるのでしょう。そのころには凌霄花百日紅も咲いているのでしょう。そうしてまた1年生きてゆくのでしょう。ただ、「私たちはいつか死ぬ」のでしょう。あと何回、「1年生きてきた」を、感じることができるでしょうか。
 
  ことしも夏が始まります。
 
 
 
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