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脱・はぐれメタル

 

 大学でやりたいと思ってるままのこと3つ

 
・ひるねサークル
べつに団体登録とかじゃなくて、勝手に。
ある5月の心地よい日、わたしは、大学のベンチにすわって木漏れ日を受けながら、やわらかい風に髪がなびいて、心の中にはゆううつがあって、ああこのままここで横になりたい、と思いました。けれどもここに横になったらただの不審者かも。体調不良と思われるかも。と、できませんでした。男子学生がそのあたりのベンチで横になっているのは時々見かけますが、女学生は見かけないですね。まあそりゃそうか。
じゃあもう「ひるねサークル」と書いた画用紙をからだの上に乗せて寝たらいいんじゃないかと思いました。行き倒れと思われたらこまるので、「ひるねサークル」に付け足して、「生きてます」と書こうと思いました。しばらくはそれをツイッターのプロフィールに書いておりました。「ひるねサークル 生きてます」。うーん、いい響きだ。ひるねサークルやりたいなあ。でもこれからは冬だぞお。あれは5月だからよかった。あっでも冬の寒い日には、外で寝ながら「ひるねサークル 合宿中」という画用紙を貼ればよいのか。なんだかたのしくなってきたぞ。
 
・ラジオ体操
うちの大学には「100円朝食」というものがあります。朝8時から8時40分まで、朝ごはんが100円で食べられます。その朝8時に、食堂前でラジオ体操をやりたい。iPhoneさえあればYoutubeでできるし。たのしそう。
ちなみにどうでもよいですが、元バリバリ体育会系のわたしは一時期家で、負荷をかけた状態でのラジオ体操3回と、見よう見まねの自衛隊体操を毎日していました。自衛隊体操はすごく大変でした。
 
・ぼっちサークル
わたしは週5で大学に行っているのに、ゼミ以外では誰とも会わないし誰とも話しません。ガチぼっち!はぐれメタル
なので、ガチぼっちが週に1日数時間どこかに集えばよいのでは、とかんがえました。ただ、たとえばそれに人が集まったとして、そのうち打ち解けたとして、それってもう外から見るとぼっちじゃないわけで、もはやふつうのサークルなのでは(しかも共通項がぼっちというだけだからただの飲み会サークルとかみたいなものになるのでは?)、と思いました。「ひとりぼっちのきみ!おいでよ!」みたいなノリは一番嫌いだし、ほんとうにひっそりひっそりとやりたい。勝手にちらし書いて廊下に貼ったりしたら誰か来てくれるかな。
世の中では「一人」だとできないことがあります。大学生協に置かれている、旅行会社のあざやかなたのしそうなパンフレットを手に取って、旅行に行きたいと考えても、ああいうのは大体「2名様以上」です。私はどこでも一人で行けるけれど、それでもおしゃれなカフェやきれいなケーキなどは誰かと行きたいです(一人の時間におかねを払いたくない)。そういう意味でも、だれか仲間がみつかるといいよねーと思います。
 
 全くの無計画(そもそも計画するような内容のものが一切ない)だけど、かんがえてたらたのしくなってきたな。
 はぐれメタルとか言っちゃったけどはぐれメタルって具体的にどんなんだったかな、と思って、ちょっとだけググってみました。「群れからはぐれた」「素早く逃げ出してしまう」「攻撃力が高ければ一撃で倒せるダメージを与えることが可能」…。なるほど。いまのわたしってやっぱりはぐれメタルなのかな。怖くなってすぐひとから逃げ出す癖、直したい。大学生活残り半期。はぐれメタルがんばれ。
 
 以上、いつに増してどうでもいいにっきでした。
 
 
 
 
 
 
 

思い出し泣きする話

   

 私は大学1回生の後期から精神的にやばくなりはじめました。小学生のころから不安定だと親戚には言われているし、中学の卒業式の日には担任の先生からお前はふらっと死にそうだ、死ぬなよと言われたりしてはいたけれど。原因はいろいろあったのだろうし、いまだによくわかりませんが、まあいろいろあったのでしょう。PMDDが始まったのもこのあたりの気がします。

    私は攻撃性0・外向性0・内向性100のタイプなので、どんなにつらくてもひとに電話をかけたり連絡しまくることはしません。けれど、高3のときの担任の先生にだけは大学1回生12月の夜に、突然電話をかけたことがありました。
    過食症に片足突っ込んで毎日つらくて死にたかったころでした。なんで先生にかけたんだろうか。電話番号を知ってたからかなあ。先生は担任だったしまあまあ仲はよかったものの(みんなと仲のよい、みんなに好かれる先生でした)、私の進学先決定のお知らせ以降、一度も連絡をとっていませんでした。
 そのとき電話でなにを話したかは、もう覚えていないです。私のことだから、つらいとわめいたりたくさん話したわけではなかったでしょう。たぶんぐずぐずと喋っていました。でも先生は優しかった。過食して具合が悪くなっているときなので、私は電話の途中で「ごめんなさい、ちょっと」と言って切って、お手洗いでいろいろしたりしていました。そしてまた電話をかける、みたいなことを2回くらい繰り返しました。そのたび、「大丈夫ですか?」と声をかけてくれました。優しい。先生は説教なんてしなかったし無理に話を聞き出すこともしなかったし、結論を導こうともしませんでした。だいたい、つらいとか言って突然電話をかけてくる奴は、思いつくほかのひとたちを置いてそのひとだけに助けを求めているのであって、でも具体的に助けて欲しいとか思っているわけではなくて、おそらく安心したいのであるから、説教なんてしたら逆効果なのです。先生は正しかった。
    そのときはまだ父も私に厳しくて、帰りたいと電話口で泣いたら怒られました。まあそりゃそうだわな。それでもずっとつらかった。そして先生に、泣いたか泣いてないかは覚えていないけれど「帰りたい」と話したら、「あなたがどんな姿になってても僕は空港まであなたを迎えにいって、おかえりって言ってあげますよ」と言ってくれました。優しい。ああ、思い出し泣きしてしまう。結局私は、帰りませんでした。9ヶ月後にはいよいよダメになって休学したけど。
     いつでも優しいことばをかけてあげればいいわけではないし、でもいつでも正しい論だけが正しいわけではないし、説教が人を殺すこともある。それを正確に判断した先生はすごいなあと思う。常に大事なことは、相手を否定しないことだ。
     復学した年の夏休みに、出身高校に遊びに行きました。高1のときの担任の先生と会って話したときに、「そういえばH先生(高3のときの担任の先生)が、君から電話が来たって言ってたことあったけど」と言われました。そう、前述の話です。H先生も私から電話が来てびっくりしたのだろうし、それも緊急事態的な電話だったから、高1のときの担任の先生に話したんだろうなあ。そして高1のときの担任の先生は、「なんでぼくには電話くれなかったの」と言いました。嫉妬!!可愛い!!!!!
     その先生も、私が高校生活に挫けてたころを助けてくれた恩師です。先生の電話番号知らなかったからですよ、と言ってごまかしました(ほんとに知らなかったもん)。
    帰る場所があるって素晴らしい。いい学校だったなあ。みんな転勤しちゃったからあの校舎にはもういないけれど、先生たちに会いたいなあ。こんど帰省したら、会いに行こうかなあ。
     と、いい話風にまとめましたが、その高3のときの担任の先生はとても変なひとで、「あなたをみてると蹴りたくなるんですよねえ」と言われたことがあります。先生大好き。
 
 
 
 
 
 

遠ざかりながら近づく

 
    まだ夏の終わらない空を見上げながら、好きもさようならもありがとうも言えずに通り過ぎていってしまったひとのことを思い出していた。飛行機雲みたいなひとだった。
    あらゆる感情が私の中で片づいてしばらくして、そのひとに会う機会があった。この次に会えるのはいつになるかわからないから、伝えようと決めていたことがあったのだけれど、それはさすが私で、結局なにも言えずに、あたりさわりのない近況報告ばかりをして時間は過ぎた。
    ようやく別れぎわに、地下鉄のホームでことばにできたのは「あのとき私ね、ちがう電車に乗るはずだったんだよ」という、それだけだった。それだけだったけれど、同じように「そうだったんだ」とだけ言ったそのひとは、「あの電車で、あなたに出会えてよかった」という意まで汲んでくれたと信じている。
    別れて家に帰って書いた、手紙でもなんでもない1000字程度の文にはひとつの「好き」も「さようなら」もなくて、「ありがとう」だけが幾度も綴られていた。
    好きとか、もうどうでもよかった。それは私だけを動かす感情に過ぎないから。やがて通り過ぎるひとつの季節に過ぎないから。私はただ、あなたが私と出会ってくれてよかったということだけを伝えたかったのだと思う。あなたが生まれたことが私には嬉しくてたまらないということ。私がそのひとにずっと伝えたかったのは、そのことだけだったと気がついた。
    世界はどのように展開してきたか、してゆくか。その起こりうる世界の可能性は無数にあったし、ある。その起こりうる世界の可能性を、人はあらかじめ全て有していて、その組み合わせも無限にある。そのあらゆる可能性の中からただひとつ選ばれてただひとつ起こったこの世界は、それが最善だからである。そんなような話を聞いたことがある。そうだな、と私も思う。
    私たちは出会った。その日その時に起こりえたあらゆる可能性のなかから私がただひとつを選択したことで、またあなたがただ一つを選択したことで、あなたと私が出会う世界は起こった。一応それは「神が選んだ」らしいのだけれども、あなたと私が出会うその世界を最善であると選んだのはあなたと私なのだと信じたい。だから、出会ってくれてありがとう。
    あなたがいまここに生まれたのはそれが最善だからである。ほかの時代のどこかの国に生まれるよりも、もしくは生まれないよりも、よいからである。あなたにとっては最悪だとしても。私にとっては最善である。世界全体にとっても最善なのである。いつかあなたの生や現状をおそう災難が、「現在」という時間の部分においては最悪であっても、「人生」という全体においては最善となりますように。私は願い、伝えることばをかんがえる。

    まだ夏の終わらない空を見上げながら、好きもさようならも言わずにいようと決めることもある。「ありがとう」だけが残るまで幾つの季節が過ぎるかと数えながら、飛行機雲が青空へとかえってゆくのをしずかに見つめている。
    あなたがいてよかった。
 
    
    
 

夕立ちのひと


    夏とは気分のことだとあなたは言いました。
    氷でいっぱいのオレンジスカッシュを、ストローで、からからと、回しながら汗をかいたグラスの水滴の数だけやってくるその訪れは、急、いつも。
    甲州街道を走る蝉の声から逃げ込むように地下一階。そうしてエアコンで汗を冷やしながらの三次会。おしゃべり大会。夏とは、そんな気分に最高気温36度が乗るだけであると。ちなみにこのオレンジスカッシュは半分が水で薄められていることが、ここの醍醐味なのであると。
    そう聞いてわたしは、夏が終わることはあなたがいなくなることだと思いました。
    その手に夏がひらくのを見たいな。
    この手にはひまわりを咲かせたい。
    金木犀のセンチメントには耐えられないひと。
    とじられた指の隙間から砕かれた花びらから秋色になるなら、去るひびを惜しむようにあなたからわたしからストローの音からからと、それは九月のさよなら。





あざやかな透明

 
  いつかかえるということ。
 
 
     ここはきっと、水辺。私たちはいつも水辺にいる。波が寄せてきては、かえってゆくのを、ただ眺めている。ね、きらきらがきれいだね。陽の反射。プリズム。きれいだね。足を浸したら、つめたかったよ。
     ひとは、ここから出発して、ここにかえるのですか。そうですか。ここは、どこなのですか。ああ。そうですか。私は、あまりにあざやかすぎるこの透明に、目を開けていられないです。
 
     ここは停留所でもあるらしい。何人もの人たちが目の前を通り過ぎてゆくのを私は眺めています。毎日、あるいは毎週、毎月。それは不定期で、何人もの人たちが通り過ぎてゆくのを、眺めています。電車の新快速は、ここを黙殺します。
     立ち止まるひとは時々いて、私に話しかけてくれます。何人かは、すこしお話ししたあとまたどこかへゆきます。何人かは、ここに留まろうとします。何人かは、私の髪を撫でようとします。私はやさしく拒絶します。そうしているうちに、ひとたちがどこかへ去るのを、見送ります。
    さようなら。なぜ、あなたたちがいつまでもここにいてくれないかは、私もわかっているよ。さようなら。さようなら。ずっとここにいて欲しかったな。それが、できることなのだったら。でも、あなたは行かなきゃなんない。うん。さようなら。さようなら。
 
     波が引く。水の音が遠ざかる。
     私はこの静けさが嫌いです。
     私はいつまでここにいるのでしょうか。
 
     春が終わるのを見ました。
 
 
     ここに留まろうとしたひとたちのなかから、私はひとりのひとと、一緒に出かけたことがあります。ここを離れて二年間、私は旅に出ました。
     私たちは歩きました。いくつもの美しい感情を見つけました。いくつもの美しい景色を見ました。金色の麦畑に、二重の虹に、冬の天の川に、雪解け水に。
     私たちは神を知りました。
     あるとき、ふいと私は、この一本道をおりました。他の道を見たくなったのではなく、疲れたのでもなく、ただ一緒に歩いていくのをやめたのでした。
    おりた先の道は、真っ暗でした。私は光を失ったようでした。闇を照らす灯りを持っていなかったことに、いまさら気が付いたのでした。闇を照らされていたことに、いまさら気が付いたのでした。わけもわからず涙があふれました。考えなしに道をおりたわけではなかったのに。なにも見えない。ここがどこなのか見当もつかない。私は、進むことも、戻ることもできませんでしたので、とりあえずねむることにしてみました。急に夜が降りてきたのかもしれないと、そう思うことにしました。そうして目が覚めたら、きっと何かが見えるようになっていて、それで、と、目が覚めた私は、また、停留所にいたのでした。いままで通りの水辺の明るさでした。何事もなかったかのように。あっけらかんとして。
    あのひとはどうやら、まっすぐに歩いていったようでした。私のからだの横にはあのひとの片腕が置いてありました。
    さようなら。さようなら。愛していました。愛していました。私を生きさせるよう、愛してくれてどうもありがとう。さようなら。さようなら。
 
 大三角をなぞる指先にやわい光が宿っていました。
 夏が終わるのを見ました。
 
 
     それから、秋も冬も、水辺に反射する光はまぶしすぎました。眩んでいるあいだにいくつの季節が巡ったか、もうわかりません。あるいは巡っていないのか。
 
     そうっと、目を開けました。空には飛行機雲がのびてゆきました。それすらまぶしい。
  げんきで暮らしていますか。そこに夏の大三角はありますか。デネブ、ベガ、アルタイル。おぼえているよね。蛍はいますか。蝶は飛びますか。とうめいに、色はありますか?そうですか。よかった。私はね、あなたがくれた花がいつまでも美しくてこわいよ。
 
     寄せる波を握りつぶす。ゆびの間から、水が滴りました。てをひらいても滴りました。いま私が壊したものはなに?あざやかすぎる透明が眩しくて、私は目を開けていられないです。
 
     ね、そのもとにいるのは、誰ですか。いつか、私の始まりと終わりが、どこなのか、わかる日はくるのですか。そうですか。その日まで私は。
 
 温度をなくした片道切符は行く先、銀色。
     
     
     
 
 
 

恋人の部屋


ははとのLINEより
はは「いまかれしんち?
わたし「うん、そうだよ」

はは「かれし、寝た?」
わたし「茶の間でふだん寝ているらしいので八時に寝た」

    おつきあいしている相手のことは恋人と呼びたいよね、とは、高校のときから流星の友人と妄想していた。三人称としての「彼」「彼女」はおとなで素敵だけれど、恋人の呼称としての彼氏とか彼女ということばはあまり使いたくない。
    そう。でも、かれし。
    ここで本人の知らぬ間にかれしと呼ばれているひとはわたしの二親等にあたり、わたしの54歳年上である。わたしが札幌に帰省しているあいだだけ、かれしとされている。
    じーちゃんはとても時間にきっかりしたひとだ。たとえば10時に家を出るならば、9時50分には準備完了をして、帽子までかぶって座って待っているひとである。
    特に用事のないときには、わたしはほぼじーちゃんちへ行く。
    

朝9時過ぎ
じーちゃんからの電話「きょうはうちくるか、なんじにくるんだ」
わたし「んー12時くらいかな」
じーちゃん「きをつけてこいよ」
お昼12時過ぎ
(時間にルーズな私は12時過ぎに家を出る)
じーちゃんからの電話「いまどこにいる」
わたし「あ、ごめん今家でた」
じーちゃん「きをつけてこいよ」
13時ころ
(じーちゃんち到着後まもなく)
じーちゃん「きょうは泊まるのか」
わたし「んーきょうは帰ろうかな」
じーちゃん「そうか次はいつ来るんだ、あしたはくるのか、俺はなああした午前中はいないぞ、」
わたし「おおお、そしたら午後からこようかなあ」
18時ころ
じーちゃん「帰るのか。次はいつ来るんだ」
わたし「うーん午後かな」
この段落一番上に戻る。
3日ほどじーちゃんちに行かないときも、この段落一番上にもどる。
そして、はは「じーちゃん、かれしだ」

    じーちゃんをあと50歳若くして他人にしたなら、上の会話はかれしさながらである(たぶん)。日中どうしてもひとりになる時間がさみしいのか、このように連絡がくることがある。わたしもじーちゃんが好きなので、頻繁にあそびに行く。時々はおひるごはんを食べに近所までおでかけする(はは「いいな、ランチデート」)。
    時間に厳しいじーちゃんと、どうしても遅刻するわたしのちぐはぐな生活。それでもじーちゃんちでの時間は、まったりと進む。じーちゃんは、大体新聞を読むかテレビを見るか家事をしているかねている。飼い猫のまるさんは、大体いたずらしているか窓の外の鳥を見つめているかわたしに撫でられて猫パンチを繰り出すか寝ている。あとは常に可愛い。可愛い。歩いているだけで可愛い。北海道弁で言えばめんこい。わたしはといえば、大体iPhoneでなにかしているか書きものをしているか本を読むか掃除をするか猫のまるさんとあそんでいる(じゃらすとあそんでくれるけど、撫でるとパンチされる)。
    そしてすこしだけ窓を開けると、夏の北海道のさわやかな風がながれこむ。近所の公園からは野球少年たちの掛け声が聞こえる。私はここで、穏やかな時間を過ごす。

    彼女の部屋から見えるのは 街に溶けゆく太陽か
    猫がいるような部屋でとりあえず僕は詩を書こう
       サニーデイ・サービス「恋人の部屋」

    まさにこんな風である。
    じーちゃんちの部屋は一階にあるから「街を行く人たちを見降ろして」はできないけれど、ここからは街に溶けゆく太陽が見える。猫がいるような部屋でわたしは詩を書く。美しい時間を過ごす。
    ただ、「恋人の部屋」がノンフィクションであるかどうかはわからないしどちらでもよいけれども、猫がいるような部屋で詩を書くのは至難のわざであるということは、サニーデイの曽我部さんにお伝えしておきたい。たとえば、先ほどご紹介したじーちゃんちの猫・まるさんは、わたしが右手に握るペンの、文字を書く動きに反応してそれにじゃれつき噛みついてくるし、ノートや手帳から栞のひもが下がっていようものなら猫パンチを止めない。噛みつかれた栞のひもはほつれ、うわーっとなる。この状況下で、まともに文字など書けやしないのだ。猫は大体のことにじゃましてくる生きものである(可愛いから許す)。
    それでも詩を書かずにいられないような気持ちにさせるのが、恋人の部屋なのだ。これからもまるさんの攻撃にめげずに、かれしの部屋では詩を書こう。


    ↓写真はびじんのまるさんです♡

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    ↓犯行現場です♡

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宛先はなくても

 
「ゆめをみていた、つきはみていた」
 
    驚いた。ほんとにびっくりした。
    視線をあげた先の、半径一メートル以内にあのひとがいる。あのひとが、だいすきなあのひとがいる!
    驚きすぎたあたしは登り途中の階段につまずき、腕、ひざから盛大にこけた。てをのばせばすぐ届く距離にあのひとがいること、そしてその目の前で、子どもみたいに、アスファルトにずりむいたこと、混乱した思考回路はそれらを理解しきれず、ただ左腕と右ひざから赤い血が流れるだけだった。
    地面からみる景色は、それまでと全く違う。そらがどこまでも高くて突き抜けるほど青くて、深く緑が続く光景。陽が熱い。
    暗い影が突然、あたしをおおって、頭上から声が降ってきた。
   「だいじょーぶ」
    粉れもなくあのひとだ。やわらかくてやさしくて、どこか抜けた声。あのひとの云っただいじょーぶ、は心配や疑問というよりも、むしろ投げやりに響いた。
    顔をあげた。半径五十センチにあのひとがいた。あたしに向かいあってしゃがみこんでのぞきこむようにしている。あたしは、この蛙みたいにつぶれた情けない体勢のことなんかより、いままで雑誌や映像でみた姿となにひとつ変わらない、目の前のその姿を想った。細くて白くてひょろ長くて、インドアなのにこんなアウトドアな森にいる、憧れだったその姿。瞳が合っても離せなかった。もしかしたら、なんて訊けなかった。
    黙ってさしだされているその華奢な左手ーあんなにも綺麗にギターを弾くあの手!ーを恐る恐る、血だらけの手で摑む。
    あのひとはこの腕をみて、ぎょっとしていたようだけれど立ちあがり向こうを指さして
   「あっちに、手当てするとこ」
   日本語としては変だったけれど、意味は理解した。連行されるのだと直感した。
    あたしもすぐに立ちあがり、砂まみれた足や服を右手でほろう。あのひとがすぐに歩きだし、引っ張られるようにしてあたしはその後ろをついていく。憧れだったこの背中。なんだか直視できなくて、うつむき加減に血まみれた左手をただみつめた。
    ゆるい傾斜、でこぼこな砂利道が足を刺激する。あのひとが眩しかった。それは強く差す陽の所為なのか、あのひとの白いTシャツの所為なのか、あたしには見当もつかないことだった。
    一度も振り向かないあのひとから、ふわ、とゆるい、いい匂いがする。服かもしれない髪かもしれない。つないだ手はあたたかかった。その指であのギターを弾いている。
    ああどうして、あのひとの存在は素敵で嬉しいことなのに、こんなにもあたしを哀しくさせるのだろう。
    ずりむけた傷からの赤は止め処なく、思わず強く目をつむった。そして開けた瞬間、映ったのは、赤ではなかった。白だった。
    白い天井を仰ぐ。そうだ、修学旅行から家に帰ったあたしは、部屋に入るなりベッドに倒れ込んだのだった。上体を起こして、すっかり暗くなった部屋を見まわす。
    あのひとがいない。
    急いで左腕を確かめる。無傷だ。血なんてどこにもついていない。
    だらしなくカーテンの開いた窓の外をのぞく。なにひとつ欠けていない、満ちた月がそこにあった。てをのばしたって、きっと届かない。届かないものの存在は、いつだってあたしをもどかしくする。
    こんな完璧な月なのに、あのひとはもうどこにもいない。もう一度、ベッドに倒れて強く目を閉じる。夢の続きを、みられたら。
    届くはずのない、オレンジ色のまるいつきが、ただそこに、碧い夜空に浮かんでいた。
                                                  おわり
 
   三年一組四十七番 おりえ
 
 
    
   中3のときに国語の授業で提出した作文が、実家から出土してしまった。なんてことだ。上記はその作文です。これをみつけてしまったときは、こわくてこわくて読み返せませんでした。私は黒歴史製造機です。出土から二週間経ったいま、ようやく調査できました。ううう。そしてあえて、改行や漢字の使い方などすべて原文ママで、ここにアップしてみました。勉強しろよと言いたくなるくらい漢字を間違いまくりで、先生からの添削がかなり入っていました。でも評価はA⚪︎でした。わ、わーい。
 
    
↓はずかしいほど漢字が違う&字がきたない原稿です。
 
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