書きたい

 

    気がつけば、ここを5ヶ月も空けてしまっていた。

    書きたいことや書こうと思ったことや、いくつも下書きはあるけれど、途中にしたままである。とりあえずそれは置いておいて、「ひさしぶりだから」なんて気合を入れずに、ひとつめを書いてしまおう。

 

    この5ヶ月のあいだで私は大学を卒業して、京都から鎌倉へ引っ越して(このあたりは前回書いた)、という、いわゆる「新生活」が始まっていた。ここのところの毎日は、朝は7時半過ぎに起きて8時半過ぎに家を出る。夜は21時ころに帰宅して24時に就寝する。そんなふうに1日が終わる。

    「しゃかいじん」になってからというものの、自由に使える時間は学生時代よりもうんと減って、家のこと(ごはんやおべんとうやお風呂や洗濯など)を済ませると、残る時間はかなり少ない。それでも大きな不満はとくべつない。

    そんな日常を過ごすなかでいま一番に不思議なことは、大学時代よりも圧倒的に自由時間が少ないのに圧倒的に毎日が暇だ、ということである。

    きっと頭をあまり使っていない、文章を書いていないから、なのだろうな。と思う。いまある悩みごとも、学生時代のように時代も地域も越えた思想を取り入れながら考えて解決していくようなものではなくて、もっと現世的で美しくないものばかりだ。そんなときにこそ人文学を、とは思うものの、イデア界に想いを馳せてばかりでは生活がとまる。

    文章を書かない。それは私にとってかなり苦痛らしい。書きたいことや思いだけは常にあり、それを言葉に出していないということが、苦しくてたまらない。頭のなかだけではなくて実際に書かないことにはうまくまとまらないし、まとまらないことが苦しい。時間がとかパソコンがとかなんとか言ってないでとにかく何かを、書き続けなければ。体は同じところの往復だとしても、せめて頭のなかだけは、世界も時代も縦横無尽に飛び回りたい。

    私は書かなきゃいけない星のもとに生まれてきたのかな、なんてかんがえる。それで生きていくだとかは別として、とにかく書かなきゃいけない星。私の人生には書かなくていいことなんて、ひとつもないよな。

    先日、小学校時代からの友人3人とひさしぶりに会った。2人とも、ここを時々読んでくれているらしかった。「文章好きだよ」と言ってくれた。「昔からよく書いてたよね」と言ってくれた。「書いてないなんてもったいないよ」と言ってくれた。

    書いたものを読んでくれるひとのあること、感想をくれるひとのあること、「書いて」と言ってくれるひとのあること、ほんとうに嬉しい。こいつは書いた方がこいつのためにいいな、という治療めいたご厚意によるものだとしても。

    はじめて小説やら詩やらを書きはじめた小学校5年生・11歳のころから14年が経つ。それ以来ずっと好きだったこと、続けていること、人に褒められること、それらはすべて同じひとつのこと、「文を書く」という、そのことひとつだけだった。たしかにそうだった。

    遠くにみえている青信号に、どうせ間に合わないからと、急いだり走ってみたりすることもせずに、歩いて向かうことにする、するとその青信号は思いのほか長く点灯していて、ああ、走っていたら間に合ったのかもな、と、そう思うような、今までも今も、私の人生は、そんなことばかりな気がする。そんな風に生きてきてしまった。

    やりたいこととか、好きなこととか、できそうなこととか、できることとか、でもきっと私にはできないとか、届かないとか。そんな風にして、流してきた。

    でも、流れてなかった。

 

 

君は君らしく生きて行く自由があるんだ

大人たちに支配されるな

初めから そうあきらめてしまったら

僕らは何のために生まれたのか?

夢を見ることは時には孤独にもなるよ

誰もいない道を進むんだ

この世界は群れていても始まらない

Yesでいいのか?

サイレントマジョリティ

     欅坂46サイレントマジョリティー」

 

ねえ 目をあけて

余計なものから生きる力は生まれないから

あなたにはもう見えているはず

自分が大事だよ それも人なんだよ

雨が空から離れたら きっと

見えなかったものがあなたに見えるよ

傷つけたくて傷つける人なんて

どこにもいない

進むためなんだから

    熊木杏里「雨が空から離れたら」

 

 

    まだ間に合うのかしら。私は。

 

    絶望の最小化ではなく希望の最大化を図るよう生きること。

 

 

 

 

きのうは雨でもきょうは晴れ

 

    片付きゆく部屋の隅には片付かぬ君が煙草の跡ひとつあり

 

    ただいま、引っ越し準備の真っ最中である。鋭意、ものを捨てては思い出に浸り、捨てられなくては思い出に浸る。引っ越し準備や片付けというのは往々にしてセンチメンタルに耐えることが主な仕事であると思う。だから作業は全く進まない。いまもこうやって文章を書いているし。

    ほんの少しずつほんの少しずつ片付いてゆく部屋の中で、時折ぼうっとしては、片付いてゆかない記憶を辿る。前述した、思いついたままに書いた短歌めいたものは実際にあったことではないけれども、いまのわたしは似たような状況にある。

    一回生のときにサークルの子たちと親子丼の会をしたこと、何人もの友人たちが泊まりに来たこと、そのお泊まり会で一緒に泣いたりしたこと、この座椅子に座っていたひとのこと、部屋のスイッチに貼ったマスキングテープの跡、この椅子で文を書いたり読んだりしたこと。

    私がこの部屋にいたことは、地図上には載らないし、当然史書にも載らないし、この町のほとんどのひとは知らない。それでもわたしやあのひとたちは、ここにいたよ、と、そんなことを誰かに伝えたいな、なんて思う。

    煙草の跡は目に見えるけれど、思い出だって、可視的であるといえないことはないのではないか。だって鮮明にあるもの、見えてくるもの、景色として、すぐそこに。

    と、そうこう書いて下書きに保存しているうちに日は経ち卒業式が終わり、荷物はあっという間に部屋からなくなった。2017年3月22日、水曜日です。がらんとした部屋の、フローリングの上に寝転がっていまこれを書いています。これから集荷のひとが来てくれるのを、ぶどうのピュレグミをもぐもぐしながら、待っています。

    きょうこのあと、この町を離れる。思ったほどの感慨はないんだな。もう新天地での生活が始まっていて、ここでは生活していないからだろうか。

    でも、もっと会ってもっと話したいことのあるひとたちはいて、それはとてもさみしい。書こうと思って書けなかった手紙、言おうと思って言えていないこと。そのうち、と、思っている。なんだかまたすぐに会える気がしている。それまで生命が続いてくれるかなんてわからないのにね。それでもまたすぐに会える気がしている。しているよ。

    もうカーテンも取り外して、開け放った窓の外に、飛行機雲が伸びていくのが見えた。そしてゆっくりと、電線と交差した。やがて、飛行機雲が消えて、電線は残されて、それは人と人との出会いと別れのようで。

    いまわたしは、飛行機雲なのかしら。束の間交差したわたしの線とあなたの線は、少しずつ離れて、やがて遠のいて、わたしの線は少しずつ消えて。

    それでもわたしは飛行機雲ではないから、交差したわたしとあなたは地球が一周回るころ、また出会うでしょう。どれくらいのスピードで伸びる・進むそれなのかはわからないけれども、また出会うでしょう。

    そしてまたあなたはここであなたの線とだれかの線が美しく交差して素晴らしい日々を送りますように。

    わたしは向こうで、愛しいひととの交差を日々ゆるやかに繰り返し、一枚の布を織れるように。

   

 

    縦の糸はあなた 横の糸は私

    逢うべき人に出逢えることを

    人は仕合わせと呼びます

    中島みゆき「糸」 

  

 

    しあわせな京都生活だった。

    しあわせな人生だ。

 

 

遡及的に愛されるいくつかの今日へ

 

 この「一草一花」内で、数か所設定変更をしてみた。おそらくあまり気づかれないであろうし、気づかれなくてもまったくかまわないし、ただ変えてみたというそれだけのこと。id名だけではなくて、名前を表示させることもできると教えてもらったので、そこも変えた。かわいい名前。うふふ。

 それと、「自由記述欄」「ひとこと説明」のようなスペースがあったので、

 

 遡及的に愛されるいくつかの今日へ

 

 と書いてみた。このような文の型・導き方のようなものはよくあるなあと思うけれど、書きたい内容はこれなのでこれにした。

 生きてみなければわからないことをわかるために生きるのだろうか、と、ここのところ思う。いつかやってくる答え合わせのために生きるのだろうか、とか。

 人がなすいくつかのことや、陥るいくつかの状況などといったことのその意味は、その時点においては明らかでないことが多い。そんなときには誰かを呪ったり自分を呪ったり、もう生きていたくないなーと思ったりする。といっても、私はよく考え込むくせに子どものころから「何のために生きるのか」といった問いにはまるで興味がなかった。めんどくさいを一周回ってめんどくさい子であった(である、かしら)から、「そんな誰でも持ちうる思春期の悩みみたいなものをさも重大そうに考えるのはずかしーな」と思っていたのだった。それでも、そんな問いを立てたくなるような道を人並みに生きてきたとは思う。

 あと二ヶ月で終わる(はずの)大学生活で、私は何もできなかった。何もなかった。

 1回生の後期からずっと体調が悪くて休学し、復学したあとには大学へ週5で通っていたのに、ゼミの授業以外では誰にも会うことがなかった。人が嫌いなわけではなかったし、会話をすることが嫌いだったわけでもないけれど、常に「相手は私を疎ましく思っているに違いない」と感じてしまっていたから、怖くてたまらなくて、人間関係を続けることができなかったのだった。それは、よく言われる「自信のなさ(スキルなどといった、自分の存在に上乗せしていくものの問題)」のせいではなくて、そもそも「自分が生きている・生まれたことといった存在そのものの肯定感」が低かったせいであるように思う。

 こんなにも人が溢れるキャンパスの中で、私は誰にも用がなかったし、誰も私に用がなかった。卒業してもしなくても変わらないような気がしたし、卒業式で自分が誰かと会話をしたり別れを惜しんだりするようすが、まるで想像できなかった。内にこもり続けていたから、何もできなかった。何もしなかった。

 その大学生活を過ごしながら、まあひとりで本を読んだり日記を書く日々はきらいではなかったけれど、無駄に過ごしているんじゃないかと感じることは、常にあった。

 今となっては、すこし懐かしくも思う。時間が経って、私はその日々を愛することができるし、そのときの自分を愛することができる。

 2016年は、私にとって「答え合わせ」の年であった。「私は間違えてなかったんだな」と思える出会いがあったり、「あの大学生活の日々があったから私は今ここにいるんだな」と思える出会いがあった。それは、これまで自分が辿ってきた道筋でなければ辿りつかない場所であった。報われるような思いがして、その日々が愛しく思えた。けれどそれは今になったから言えることであって、たとえば今の私があのときの私に「だから生きなよ」と説いても、「そういう問題じゃない」といって、聞かないであろう。それは当然である。「生きてみてわかったこと」「肯定されたこと」は、「生きていないうち」「肯定されていないうち」には、わかるはずがない。そうはいっても、「そういう問題じゃない」といって聞かないであろう自分も、もしかしたらどこかに存在するかもしれないそういうひとのことも、「だよね」と言って肯定したい。

 ものごとの意味は遡及的にしかわからない。何かを愛するためには時間が要ることがある。大体のことは、きっとそうでしょう。わかりたければ、愛したければ、それまで生きなければならない。まあ、もっとゆるく、「それまで生きたほうがいいんじゃないかしら」と、そんな風に思う。自分のこれまでがどこかに繋がるような、ここにたどり着くんだ、とわかるような、そんな日が来るかもしれないなら、たぶん生きたほうがいい。「今まで間違えてなかったんだ」という瞬間にしか、全ては肯定されないのではないか。

 何でもない日常であるような今日も、つらいなーと思いながら過ごした今日も、いつかどこかに辿り着くかもしれない。愛されることになるかもしれない。それは誰かによってかもしれないし、私によってかもしれない。そんな遡及的に愛されるいくつかの今日について、ここ「一草一花」に書き留めておこうと思う。これは、そんな決意の一文である。文の最後に「へ」とつけたのは、何かしらの助詞をつけたいという思いもあったのと、未来の自分からのメッセージというような意味合いを持たせたかったからである。ここに書きながら、全てはいつかの未来において肯定されると、愛されると、現時点においてすでに予感しているのである。それくらいの希望を抱いたっていいよな。私は私に生きていて欲しい。

 「遡及的に愛されるいくつかの今日へ」。その宛名の先に綴られるであろうことばを私はすでに知っている。そしてその未来になったとき、さらに続きを書くのでしょう。

 これを落としたら卒業できないというラスボスのテストがあまり出来なくて涙目の今日も、いつか愛されますように。

 

 

 

 

 

 

 

bear

 
 
    誕生日の前月になると、「お誕生日クーポン」のメールマガジンがあちこちから届くようになる。アイスの31%オフや、洋服の1000円引きや、トリートメントのサービスなど。無敵な気持ちになれる。
    先月は誕生日でした。祝福してくれる方がいらっしゃって嬉しい。どうもありがとうございます。
    誕生日には、いろんなひとがその当人に「おめでとう」と言ってくれる。何をめでたいとするのか。そのひとが生まれたことは何十年経ってもめでたいことである、ということだろうか。なんて美しいのか。
    でも、当人が会うひと会うひとに「ありがとう」と伝えるのが本筋なような気もするな。自分の生がこの世に存在することを祝福してくれることへの返礼としての「ありがとう」ではなくて、自分の生がこの世に存在して、それから存在し続けているのはあなたのおかげですという意味での「ありがとう」を伝えるべきではないか。来年の誕生日は積極的に、その日会ったひとに「ありがとう」と言ってみよう。
 
    最近は何も書きたくないし、書けないし。ということはつまりかんがえることを進めていたわけでもなければ、きちんと勉強もしていたわけでもないのであります。この文も、2週間前に途中まで書いていて、やめて、それをいま書き足したり書き直したりしている。けれどその期間に、そういう、論理や技術などではなくて、「感情」というものを発展させることができていた気はします。
    私は感情がきらいでした。人は簡単にそれに流されるから。何も見えなくなるから。だから、なぜそうかんじるのか、ほんとうにそうかんじるのか、それをかんがえなければ、という強迫観念に常におそわれるのです。けれども、たとえば「好き」は「好き」でいいし、「悲しい」は「悲しい」でいいじゃん、という、そういう単純な感情を単純な感情としてまずはそこに置く・肯定することの重大さのようなものがわかった気がします。
 これらは私の課題だったので、やや克服し始めているところなのかもしれないです。よい24歳にしよう。I was born。「誕生」は受動かもしれないけれど、「生きる」は能動だ。そして25歳の私を生むのは私ですね。
 
    
 
    あざやかさを、匂いを、おとした金木犀の花の、たちこめる生と死のなかで、私はある。光によって。愛によって。私の意思によって。私はある。
    道ばたに降ったそのちいさな花びらを、手帳のきょうのページにはさんでみた。2017年の10月20日に、また会いましょう。
 
 
 2016年11月4日
 
 
 
 
 

十七歳

 
 
「十七歳」
 
    発することばの一文字一文字が凍ってしまいそうな十二月だった。
    音もなく、しろにしろをかさねる雪が降る。右横を、すこしだけ盗み見ると、その無数のうちひとつが、うつむき加減にあるく高階さんの、すっとのびた睫毛に、選ばれたように、ふわりと着地した。こごめ雪。そうしてすぐに水滴になる。まばたきをさせて、頬をすべりおちる。高階さんのからだの熱に溶けていったそれになりたいと思った。
    自分に向けられている視線に気がついてこちらをむいた高階さんの目が、わたしを刺す。気持ちが動かされるたび白い息が漏れた。わたしは高階さんから目をそらせなかった。
 
「寒いね」
 
    先にそらしたのは高階さんだった。つられてわたしも、まだましろな路面を見る。
 外はすっかり夜だった。空はくらくて、雪はあかるい。積もりたての六角形たちが街灯の光を反射させてきらきらとかがやく一面は、高階さんと私のための舞台かと思われた。まだ誰の足跡もつけられていないその上を、ふたりで歩く。私は、いまにも手を広げて走り出したかった。
 
「今日の最高気温はマイナス3度らしいですね」
 
    そんな天気予報の受け売りに弾んだ心地をもたせてしまったのは、高階さんの発した、寒いね、という四音が、ひどくわたしを嬉しくさせたからだった。
    ね。という、わたしに、わたしだけにことばが向けられたしるし。それだけでたまらなかった。
    踏みしめる雪の鳴る音が、いまそこにたしかに高階さんが存在すると知らせるたび、たった175センチそこらのこのいきものが、愛しくって、とうといと思った。その生の宇宙のすべてをこの両腕の中に抱きかかえたいと、涙の出そうなくらい思った。その生のあることを、かなしみもせつなさもその始まりから終わりまで、持ちうる感情とことばの限り愛したいと思った。
    思っても、わたしのあたまの右ななめ、15センチ上を規則的にあるいは不規則的にゆらされる黒髪の運動さえ何ひとつ、わたしのものにはならないのだと、わたしはちゃんと理解していた。高階さんは、21歳のおとなだった。わたしは、17歳だった。わたしから高階さんは、遠すぎるのだった。
 
「お嬢さん、さっきの数学できそう?」
 
    高階さんはわたしの名前を呼ばない。その代わり、お嬢さん、とか、君、とか、妹みたいに子どもみたいに、呼んだ。
   わたしは 曖昧に、はい、と答えた。あなたの手ばかりを見ていたのだけれど。
 このひとの書く数式は、これまで目にしたどんなことばや文の羅列より、美しかった。左手でほおづえをついて、右手にわたしのシャープペンを握って、このひとが一字ずつ展開する世界に、わたしは見惚れた。高階さんに教えてもらった範囲の小テストは、いつも追試を免れたのだった。
    高階さんは、わたしの目の前に現われた、ひとつの大きな、世界そのものだった。
    さっき習った相加相乗平均なんかよりも、高階さんのことを知りたかった。このひとの心のなかにはだれがいるのか、右手人さし指の指輪はなにを意味しているのか、なぜわたしとあそんでくれるのか、など、異性交際なんてしたことのないわたしには、わからないことだらけだった。わたしには、高階さんがただそこに立っているだけで鼻の奥がつんとして、焦がされるほどに胸が痛い、そんな現象を恋とよぶらしいということしか、きっとこのひとはわたしのものにはならないのだろうということしか、わからないのだった。
    ファクトリーを出たあとのこの4本の足がどこを目的地としているかを、高階さんは明らかにしていないけれど、駅へ戻るのだろうなと、わたしはこれまでの経験から予測していた。20時を過ぎていた。
    17歳のわたしを、夜遅くなる前にきちんと家に返すところも好きだった。それでも、それがもどかしかった。お酒も煙草もできる21歳のこのひとに、いっそ誘拐されたいと思っていた。わたしだけのものにならなくて良いから、このひとだけのわたしにして欲しいと思っていた。
    恋の名のもとにわがままを言うことは、子どもなのか大人なのかと考えた。わたしはどちらでもない17歳だった。恋の名のもとに忠実に切実にただ、手を伸ばせば届くほどの隣を歩くこのひとに恋をするしか、できないわたしだった。
    高階さんは、目の前の女子高生が自分へ向ける目線に込められた熱に、気がついているだろう。気がついていながらも、その熱を冷まそうとも、燃やそうともしない。どちらでもないようにかわしながら、どことなくこれ以上は近づけないような雰囲気を纏わせる。
    ふたりで歩いていると、数分おきにわたしの右手と高階さんの左手がぶつかる。というより、ぶつける。好きだと言うように。伝えるように。ほんの少しの憎しみを込めて。
    どうして手をつないでくれないの。
    あり得ないとわかっていながらも、手ぶくろはダッフルコートの左ポケットに待機させたままであるのには、理由があった。定規では測ることのできない距離を隔てて気まぐれにゆれるその左手に、ふれたくて仕方がなかった。わたしの全意識はこの右手に集中させられた。
    高階さんの手にふれたくて、掴みたくて、引っ込みのつかなくなった右手は、十二月の風のなかで感覚をなくしていった。
    ヒールの高さだけわたしは子どもだった。校則通りの黒髪を長くのばして、頬にアプリコット色をのせて、そんな精いっぱいの背伸びですこしは大人になれたつもりでいても、高階さんの前では17歳でしかないことを思い知らされるのだった。
    ヒールも脱げない不恰好さでわたしは高階さんへと駆けていた。
    わたしはわかりやすく恋をしていた。
 
 
    
 
 
 
 

女学生

     

    朝、目がさめる。上半身を起こすと、目の前にある全身鏡の中の自分と目が合う。おはよう。声をかけてあげる。かけてあげながら、寝起きの自分に絶望する。え、顔むくみすぎじゃね?私こんなかわいくないっけ?「朝は、いつでも自信がない」。昨晩ねむるまえに用意しておいた、枕もとの、コップ一杯の水をのむ。デトックス。ふとんから立ち上がって、台所へゆく。くだものを切る。毎朝の日課。きょうはオレンジ。オレンジはおいしい。ビタミンC。朝にくだものをたべる習慣があるのは、からだによいと、聞いたからであります。ただ、それだけ。春はあけぼの。朝はくだもの。くだものを長いあいだたべないでいると、身体の中になにかわるいものが溜まるようで、具合がわるくなってしまう。トマトをよくたべるようにしているのも、そう。からだにいい気がするから。ただ、それだけ。トマトの味なんて好きじゃない。身体の調子さえも他人からの受け売りに左右されるなんて、ずいぶんいい加減なものだ。トマトをほんとうに心から、美味しいと感じているひとも、あるのかしら。

     顔を洗って、鏡の前に座る。なんてひどい顔!お化粧をはじめる。ややましになる。自分に魔法をかける2分間。たった4行程の魔法。目の下にアイシャドウのきらきらを入れてみる。わたしは、途端にかわいくなる。うふふ、と、笑ってみる。たのしい。いけそうな気がする。女の子たちは毎朝、自分に魔法をかけるのだ。その営みの、なんと美しいことか。わたしはその努力が、愛おしくて、たまらない。
    街中で恋人同士を見かけたとき、わたしは、ふと声をかけてしまいたくなる。ちょいとそこのおにいさん。あなたの隣の彼女の、その、顔サイドのゆるふわ毛束。それは彼女が今朝、アイロンでつくり出したものなのですよ。それは、「つくられたカワイイ」なのですよ。カワイくなりたいという気持ちが、既にカワイくありませんか。わかったら、つたえてあげましょう。そう、「カワイイ」ということばは、更なる「カワイイ」を生み出す、いちばんの魔法なのです。
 お化粧品の鮮やかな色々。これだけの色を駆使して、女の子たちは、自分だけの魔法をかけています。「コーラルじゃない。ピーチネクタリンじゃない。スイートアプリコットがわたし色」。そんなふうにして。大体、女の子なんて、性格が悪いんだ。すぐ群れるし、たとえばAさんBさんCさんの集まりからCさんが抜けたとすると、AさんとBさんはすかさず、彼女のかげくちを言い始めるんだ。心の中でほんとうは、なにをかんがえているのか。さらに女の子たちは、そのカワイイ、で、数々の男をなぎ倒して生きている。女の子は、おそろしい。しかしながらそれをサッと隠してうふふとにこにこさせてしまう。化粧は魔法。女は化ける。だけどそれでいいじゃないの。お化粧はだれかのためのものではない。わたしのためのものなのだ。自分に自信を持つこと。たのしく生きてゆくためのこと。見られたくないものは、できることなら、見られず過ごしたい。そうして、自分を生きやすくすること。大切なのは、自分を偽りすぎないこと。
     わたしの美意識でえらんだお洋服に着替えて、お気に入りの匂いを纏って、さあ、外へ出てゆきましょう。ね。にっこり微笑んだなら、きっと世界も、わたしに微笑みかけてくれるから。





消えないで


    金木犀が始まった。
    と書こうと思っているうちに、終わってしまっていた。私はとことん季節に乗り遅れる。
    私が通うこの大学の構内には、どこもかしこも金木犀が植えられている。花をつけるこの時季になると、建物から出る前にすでに、匂いがしてくるほどである。設計者はきっとセンチメンタリストなのだろう。
    私がこの4年間でみつけた「サイコーの金木犀スポット」にある金木犀の木たちはもう、「ぼくら今年の役目終わりっす」とでもいうように、黄色い花を落としてしまっていた。そっか。おつかれさまです。また来年だね。わたし、来年はいないけど。こうして生命は続いてゆく。
    毎週水曜日にかよっている建物の階段下を通ったとき、その残り香が鼻先をかすめた。鮮やかさをおとした、濁った黄色い花がそこにはあった。やった、ここにはまだあるんだ、と思ったら、その匂いはすれ違った誰かの香水にかき消されてしまった。私の初秋の微風は終わった。
    大学構内を歩くとき、私はいつもiPodにつないだイヤホンで音楽を聞いている。時々は、学生の騒がしさも聞きたくて、そうしないこともある。大学自体は大好きだ。風景のように眺めていたい。それでも大体いつも音楽を聞いている。この風景と音楽と自分をすべて結びつけて、二十年後にも覚えていたい、思い出したい、と思うのである。私はいつも二十年後の感傷を先回りして現在の行動を決めている。
    休み時間になって人通りが増え始めると、大好きな音楽は人の声に、人自身に、雰囲気に、かき消されてゆく。そうすると、いつもひとりでいる私は泣きたくてたまらなくなる。ただひとつの頼りが奪われる気持ちになる。心細くなる。強く生きたい。
    神様を信じる強さを僕に、生きることをあきらめてしまわぬように、大学というにぎやかな場所でイヤホンからかかりつづける音楽に、僕はずっと耳を傾けている。
    匂いや音楽と同じように、記憶も、誰かにかき消されるものであると思う。誰かとの記憶は、誰かとの記憶に。それは上書きに近いような気もするし、やはり消されるものであるようにも感じる。あるときふと、季節の風は次の季節の風に、取って代わる。あの感じ、似ている。ただ、匂いや音楽とは違って記憶のそれだけは、希望と思いたい。
    でもやはり、かき消されたくないものばかりだな。匂いも音楽も記憶も。だから私の中に確かに持つんだ。音楽を鳴らすんだ。かき消されないように。かき消されたとして、また取り戻せるように。