朝雲2 そのほか付随して

 

 前回書いた内容(unabara1675.hatenablog.com )に付随して。 

 ‪「大学に友だちがいなかった・誰とも関わりのなかった私のことを見てくれていたのは、私のことばを受け止めてくれたのは、私にことばをくれたのは、せんせーだけだった」そんな私の大学三回生の後期は、せんせーがいたから大学に行けたし(それでも行けないことはあった)、勉強もできたし、せんせーに救われていたようなところが、とてもある。たくさんある。けれど、だから私はずっと、せんせーのことを思うことがあって、会いたいのだとしたら、「好きって何なのか」と思わされる。

 せんせーが私のことを見てくれていたから(「見てくれていた」というのが誤解を招くような気もするので補足しておくと、それはただ単に、私の専攻での研究内容について覚えてくれていたり、せんせーの出席をとらない方の授業を私が2週間欠席したあとの授業で「(授業に来てなかったけど)期末のテストは受けますか?」と聞いてくれたり(教室には100人ほどの学生がいるにもかかわらず私がいないことに気が付いてくれていたということだ)、欠席した翌週のシャトルカードでは私の体調を気づかってくれたり、と、ほかの先生でもそうなのだろうけれど、という、そんな程度です。私には私がいないことに気がつく人がいることが、嬉しくてたまらなかったのだ。私がいることにもいないことにも誰も気が付かないと思っていたから)せんせーのことを慕うのだとしたら、私は「そういうひと」がよいだけではないか?せんせーじゃなくてもよかったのではないか?

 せんせーに限らず、その相手のことを好きなのは間違いないことなのに、こんな風にして自分を常に疑ってしまうことが、ほんとうに嫌になる。

 前々回の内容( unabara1675.hatenablog.com )は2年前に書いたものであるが、いまと考えている(悩んでいると言うべきか)ことが変わらない。思えば、「好きって何かわからない」と言って人を泣かせた19歳のころから私はずっとそんなことを延々とぐずぐずしてきたなと思う。そしてそれは今日に至るまで大した進歩がみられないという不勉強さよ。私は自分の感情に自信がない。というか、感情の理由と由来を把握しておきたい。でも、そのための道筋がまだ足りない。

 せんせーのことを思いだしたり考えたりすることと同時にこんなふうに考えることをすることも、ほんとうは嫌だ。誰かの存在を理由に何かを感じたり何かを考えたりするのが苦手だ。どうしても、その対象を消費している気持ちになってしまう。「消費する僕と消費される僕(小沢健二アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」より)というのも、ここのところの私のテーマの一つである。

 「好きってなんなのか」とか、なんとか、いろいろ考えてみて、「対象に抱く感情は対象に由来するものでなければならない」というところまでことばにできた。そしてその内容は、以下の書を読んだことで、どのあたりを勉強したら進めていけるのかの道がみえてきたように思う。そしてそれはせんせーの授業で教わっていたあたりであった。

 何かを気に入るか気に入らないか、何かに魅力を感じるか感じないか、それは我々の選択の対象になることではない。何かに魅力を感じ、好感を抱くことを、トマスは「愛(amor)」と呼ぶ。愛は「情念(感情)」の一つであるが、「情念」はラテン語ではpassioという単語であり、passioは「受動」と訳すこともできる。「情念」と「受動」は、日本語だと全く違う概念だという印象を与えるが、ラテン語では一つの概念となっている。それは、「情念」は「受動的」な仕方で生まれてくるものだと考えられているからである。

山本芳久『トマス・アクィナス 理性と神秘』岩波書店、2017年12月20日、p-70

 私の不勉強により、内容や文脈を正しく理解できていると思わないが、それでも「愛という情念(感情)」は「受動的」な仕方で生まれてくるものだという考え方があることを知られてよかった。私は、対象に抱く感情・情念・好きってやつ・愛、などは、受動的に抱かれるべきであるように思う。きっかけは、由来は、対象自身であるべき。

 たとえば「トキメキや駆け引きこそ恋の醍醐味」という意見に私が賛成できない(というか興味がない)のは、それは「対象そのものではない」からである。私は、「あなたがある」というその一点のみでいい。その一点のみを/で、好きといいたい。愛したい。そこには一切の私の事情や理由は差し挟みたくない。

 

 というところで、きょうまでの私が辿り着けたのはここまで。

 ちゃんとことばにできるまで、わかるまで、書けるまで待っていたら、ここに何も書けないので、途中でもなんでも書いてしまおう。

 

 

 

 

 

朝雲1

 
 あの方は初めてお教室へいらつしやる途中、渡廊下の角に立ち止まつて古い窓から空を見上げていらした。白い雲の緣にはまだ朝の薔薇色がほのかに残つてゐるやうだつた。
 川端康成朝雲」新潮社、1941年4月12日、p-3
  
 川端康成の「朝雲」という作品が大好きだ。
 日本人初のノーベル文学賞受賞作家・川端康成が、少女小説を多く書いていたことはあまり知られていない。おそらく「伊豆の踊子」や「雪国」のような「THE 国文学」のイメージが強いでしょう。
 「朝雲」は、少女雑誌に掲載された少女小説である。女学生・宮子が、美しい女教師・菊井先生に「強い気持ち」を抱く話である。いわゆる「エス」的世界が描かれており、「同性愛作品」的な受容がなされてきた。しかし、この作品の主題はそこにあるのか?という問題提起をし、その内容で卒論を書いた(全ての文学にありがとうと言いたくて書いたのに、出来は酷くて全ての文学に土下座した)。
    ほんとうに素晴らしい作品なのでぜひ読んで欲しい。「美しい」が溢れている(「美しさ」ではなくて)。
 私にも大学時代、とても大好きなせんせーがいた。大学の専任教員ではなかったから関われる時間が少なかったし、たった半期だけしか教わらなかったし、おそらくせんせーはもう私のことを覚えていないと思うけれど、それでもせんせーを恩師と思っている。
 せんせーはふつうの男の先生で、菊井先生のような「美しい先生」なわけではない(すみません)。けれど美しかった。宮子も、菊井先生の外面的な美しさだけではないなにか「美しさ」に惹かれていたのだろうと思う
    この「朝雲」には、「恋」ということばは出てこない。宮子は菊井先生のことをどう思っていたのか。菊井先生への感情を、どのように名づけていたのか?
 私もまた、せんせーに恋をしていたわけではなかった。でも大好きだった。授業中には全力で目を合わせないようにしたり、話したいくせにせんせーに当てられるのを避けてわざと一番後ろの席に座ったり、聞きたいことはたくさんあるくせにいざ話すと何も言えなかったり(こういうところ、宮子にそっくりだな)。せんせーのことを真っすぐに見ることのできるひとになりたかったし、せんせーに真っすぐに見られても逸らさずにいられるひとになりたかった。私には知識も勉強量も人としての何かも足りな過ぎるからと、いつも逃げたかった。

 ‪大学で友だちがいなかった・誰とも関わりのなかった私のことを見てくれていたのは、私のことばを受け止めてくれたのは、私にことばをくれたのは、せんせーだけだった。

 せんせーの授業には、「シャトルカード」という、教員と学生とでやり取りをするプリントがあった。授業の終わりに感想や疑問点を書いて提出し、教員がそれに返信をして翌週の授業に返却される。それを毎週繰り返す。交換日記のようなものと言ってもよい。

 第一回の授業のときに、私が「アウグスティヌスの『外に出ていくな。あなた自身の中に戻れ。真理は内的人間に住んでいる』という言葉が好きで受講しました」などと書いたら、せんせーは「『真の宗教について』のことばですよね。私も好きで、決断に迷うようなときに思い出します。(『告白』でいうと、第10巻の記憶論に、これと似た議論があります)。」と書いてくれた。私は決断に迷うとき、せんせーがこのことばをくれたことを思い出す。

 北極星のような人というのは誰にもあると思う。「あの人ならなんて言うだろう?」と、考える道しるべになるような。その人があることで、自分がいまいる場所がわかるような。いつだって見上げてしまうような。導かれるような。私にとってはせんせーが、その一人なのだと思う。

   なんとなく、当時の 日記を読み返していたら、書いていたことすらすっかり忘れていたようなせんせーに聞いてみたかったこと・聞こうと思っていたことが、たくさん記述されていた。「せんせー、人は愛することと愛されること、どちらを先に知るのですか?」など。

 詳しくは書かないけれど、シャトルカードでのやり取りや直接話したりする中で、せんせーがとてもとてもとても「よい人」であることがよくわかって、私は授業後よく家で泣いた。

   そうして「朝雲」の 宮子が「あの方は私となんのつながりもない人だから、いつどこへ行つておしまひになるかもしれないと、私は初めて氣がついた」(p-12)のと同じように、せんせーは違う大学へ行ってしまった。

 せんせーから授業で習ったたくさんのことはたくさん忘れて、けれど「あの方は私になんにも下さりはしなかつたけれど、實はずゐぶん澤山のものを下さつてゐるのにちがひない」(p-27)と感じた宮子のように私の中にも、「下さ」った「ずゐぶん澤山のもの」ーそれが何なのかはまだわかっていないけれども「ずゐぶん澤山のもの」だとは言うことができるーが、残っている。

    「朝雲」のことをシャトルカードに書いたら、せんせーも読んでくれた。その宮子は私なのだと、菊井先生はせんせーなのだと、気がついてくれたらいいと思っていた。

 当時の私の知りたいことや考えたいことが、教わっていた内容だったのだけれど、いま私の知りたいことや考えたいことがさらに教わっていた内容とせんせーのご専門で、「これは何かのおぼしめしでは?」なんて思っている。

 私の大学生活を救ってくださいましてありがとうと言いたい、私はいまこんなことが知りたいこんなことを考えたいいまこんなものを読んでいるこんなことを書きたい、と話してみたい、いまどんなことが研究テーマですかこれについてせんせーならどうお考えですか、と、聞いてみたい。話してみたいことがたくさんある。でもそれって私の一方通行だな、と、思い留まってしまう。

 宮子と同じように「あの方はやはり近づいてはならぬ恩師にすぎない。私がもつと美しくもつとよい人にならなければ、あの方のお言葉はいただけない」(p-27)と思うけれど、会いたいなら、会える距離にあるなら、どんなに「もつと美しくもつとよい人」に私は足りなくても、会いに行くべきなのだ。どうにかして。

 

 

 

 

はじまるよ

 
    いつのまにか冬だった。
    私の生まれ育った北海道では、もう積雪したりしているらしい。いつのまにか冬だった。
    こちら、京都も、もうすっかり寒い。まあ、あちらほどではないのだけれど。北海道民は(というか私は)極寒への対策をしか知らないから、北海道よりも気温が15度以上高いはずの本州にいてもつい、北海道にいるときと同じような厚着をしてしまう。防寒の手を緩めることができないのだ。寒さは相対的なものではなく、絶対的なものである。程度よりも、在るか無いか、が重要なのだ。そこに在る寒さには、いつだって全力で対処しよう。
    そんな今朝は冬の匂いがして、ふと、まだ雪のやまない三月に、「君がいつ、誰を、どんなことを思っていようが、それでもよかったんだよ。」と言われたことを思い出した。真冬のような寒さの中にも春の陽が差す、にぶい夕暮れだった。
    届かないと思われること。私はそのとき、何を見ていたのだろうか。私はどこにいると思われていたのだろうか? やわらかく絶望した。しながら、思い出すことすら時間の必要な、あまりに遠いその時間の甘さに目をつむって、その日は眠った。
    好きってなんですかね、と、これまでいろいろなひとに聞いてきた。そんな、本来はかんがえるものではないようなことをかんがえているから私はあの日のように、ここにありながらここにないと思われてしまうのだろうか。でもどうしてそんなに、感情だけで愛して欲しいと思うのかしら。その気持ちはわからないわけではないけれど、それでもついかんがえてしまう。そしていろいろなひとからいろいろな答えをもらっては、ひとつひとつ納得して、しなくて、そして忘れて、好きってなんですかね、と、かんがえ続ける。あらゆる自分の感情や背景を除いたゼロ地点に立って、その上で「好き」を置きたいのだ。それはとても難しいし、あまり意味のあることではない気もする。
    ただ、いまひとつだけわかっていることは、好きってなんですかね、というその答えは、探す日々の中にしかないということである。もしくは、その対象の生そのものであるか。
    「好き」とほど近いと思われることばに「恋」があるけれど、「恋」については何も思うことがない。あまり興味がない。
    一応興味を持ってみるとすると、「こい」ということばの初出は古く万葉集にあったらしい。その「こい」には、「孤悲」という字があてられた例がある。ひとりで相手を思うこと。たしかに恋とは、そんなものである気がする。
   「好き」と「恋」を並べてみると、「愛」ということばが横からのぞき見してくるけれど、よけいにわけがわからなくなってしまうので、気がつかなかったことにする。「愛」がいちばんわかりやすいようにも感じるけれど。
   さて。「好き」と「恋」とは、別のものである気がする。恋ってなんですかね、とは思わない。わたしあなたのことが好き、とは言えるけれど、わたしあなたに恋してる、は、なんとなく違う。「恋」だと、自分ひとりで溺れているように感じてしまう。その状態には私は陥らないし、その状態がよいものであるようにはあまり思われないから、興味がない。
   「好き」ということばのほうが、感情の守備範囲が広い気がする。「好き」の中に、「恋」が内包されているような。いや、そういうことじゃないんだ。じゃあ私はなにを知りたいんだ。わかったとしてどうしたいんだ。ううんと。好きってなんですかね。私は「好き」に潔癖なのかもしれない。とてもとうといものだと思うから。
    私の中のもの全て置いて、好きだと言いたい。それは、ただ、あなたが美しいのだ、と伝えたいからなのかもしれない。あなたが美しい、それゆえだけに私の「好き」がある、と、それだけなのだ。それだけなのだ。
    と、あああ、よくわからない。読んでくれているひとも、こいつは何がしたいのかと、言いたいのかと、よくわからないと思う。ほんとうによくわからない。
    ぐるぐるかんがえてよくわからなくなりながら、さっき4年ぶりに遮光カーテンを洗濯したら、この部屋に明るい光が差し込んでくるようになった。
    好きってなんですかね。うん。よくわからないんだ。わからないけれど、私はあなたに何か伝えるとき、私があなたの名前の先に続けることのできることばはただひとつ、「好き」という、ただそれしか持ち得ないんだ。それでいいかな。あなたのことを好きだと私は言ってもいいかな。私は、あなたがいること、それだけでうれしくてたまらないんだ。そうか、これが「好き」のすべてだったのかしら。
    きょうのこちらは晴れでした。あすも晴れ。きっと。
    いつか私の生まれ育った街の雪を見においで。
 
 
2016年 冬
 
 
 
 

 

 25歳になって、「これから」を考え始めている。

 

 できるかぎり遠くまで、できるかぎり深くまで行きたいなあ。

 

 書くこと、読むことで私は私をすくいたかった。

 

 私がずっとわからないこととは?

 それを私がわからなければならない理由とは?

 

 

 

三月

 

    ショートヘアーになりたかった

    どっちが好き?なんて聞けなかったから

    安全策で髪を伸ばした

 

    君をタロット占いしてみたら

    わたしのことが好きだったって

    好きだったって

    過ぎた季節は線香花火で弔いましょう

 

    並行世界は占わなくても

    ここはいつでもしあわせだって

    しあわせだって

    あっちの世界のわたしが手を振る

    

    かけちゃいけない電話番号が増えていく

    失くしたイヤリングが誰かの耳を輝かせている

    それが生きるということ

 

    恋をするたび自分が嫌いになって

    センチメント主食に生きてきた

    愛するとは自分を好きになることだと

    教えてくれたひとがいた

 

    並行世界は占わなくても

    ここはいつでもしあわせだって

    しあわせだって

    こっちの世界のわたしは笑う

    

    ゆる巻き毛束は季節が絡まるから

    めんどくさいね ショートにしちゃおう

 

    二度と伸ばすことのない髪

    二度と行くことのない町

    二度と見ることのない夢

 

    君に憧れてた

 

 

 

 

     2017年6月

 

 

 

雪の話

 
    今朝はよく晴れていて、それなのに雪がちらついていた。雪はずいぶん水分を含んでいるようで、陽にあたるとダイヤモンドダストのように見えた。
 なんて、流暢なことをきのう書いて保存してねむって、目が覚めて、そしたら今朝は、大雪だった。積雪していた。警報まで発令している。
    古都に降る雪はよい。趣がある。なんてまた流暢なことを。
 
 
      過ぎた事、選ばんかった道、どれも覚めた夢と変わりやせんな。すずさん、あんたを選んだんは、わしにとって多分最良の現実じゃ。
 
       こうの文代『この世界の片隅に 中』
  双葉社 2017年1月25日 P-34
 
 
    私にとってあなたは「過ぎた事」で、私にとってあなたは「選ばんかった道」だった。
    あなたにとって私は「過ぎた事」で、あなたにとって私は「選ばんかった道」だった。
    そしてわたしは、「いま」を「あなた」と生きている。
    
    こんなにもたくさんの、たくさんの雪が降るのに、わたしのこのまつげの上に乗るのは数えるほどしかない。わたしはそれを選べない。それでも、そのひとつたちにまばたきをさせられて、目をつむる。そうして目を開けたら、また、無数の雪が見える。わたしを選ばなかった雪は路面に積もって、街を白くする。きれい。きれいだね。
 
    この世界の無数のわたしとあなたがそれぞれ、ただ一つだけ実現したこの現実の中で最良でありますように。
 
 
 2017年1月
 
 
 
 
 
 

20170201

 

    出勤1日目。まだ研修期間だけれど。

    きのうはとりあえず、社会人ぽく見えるように通勤用のかばんをげっとした。さすが、形から入るわたし。CanCamコートを着ているし、すこしは社会人に見えるかしら?

    せっかく「オトナ見えかばん」をげっとしたのにくつはげっとできなかったので、去年から履いてるぼろブーツで通勤。誰も見てないからよし。

    半分社会人になったし、いつもカッツカツだったICOCAに5000円もチャージ。さらば、残額5円→自動改札バァーン!の屈辱。社会人ってじゆうだ!!

    きょうは休憩室で、「そうだ 京都 行こう」のCMを見た。ふと、京都が恋しくなった。丸太町通千本通嵐電沿い。鞍馬口。東山。4年半分のわたしが、あちらこちらに見える。散り散りにある。わたしは彼女を、愛したい。

    おかねをかぞえていて、ふと、先月まで働いていたアルバイト先が恋しくなった。ああ、お釣り銭は6万円だったな。みんないいひとたちだったな。

    わたしは、愛されていたことを知った。

 

    京都。

    京都が似あうね、と言われることが、わたしは何よりも嬉しかった。17歳のわたしは、京都に惚れてしまったのだった。そうして、いまになって思う。わたしは京都に愛されていた。

 

    今月わたしはまた、別の古都へと引っ越す。古都、鎌倉へ。

    「どこにでも宿る愛」という、『この世界の片隅に』の原作に登場することばをわたしはいま強く信じている。それは不安由来の信念というよりも、確信に基づく信念である。未来への確信。だってこれまでそうだったから。

    どこにでも宿る愛。きっとなんだって愛せる。どこでだって愛せる。愛される。そう、わたしは信じている。そんなふうに信じるように生きられるのは、わたしに愛を傾け宿らせた、あなたがいたからです。

 

 

    追記:20171013

    書いたことを忘れていたにっき。

    いちばんさいごの「あなた」が誰を指していたのか、もう忘れてしまったけれど、それはたしかに「あなた」であったような気がします。あなたへ、ありがとう。